救われるつもりが・・・-第4話
私ダメダメOLが、女の子の願いをかなえてくださるという祠へお参りに行ったら、実は自分が人助けのできる人間だと気づかされる。なんと、ありがく偉い仏様からのテレパシーを感知する能力があったなんて。不思議なこともあるものです。さて、彼氏ともうまくやっていけるのか・・・
作家名:カール井上
文字数:約2440文字(第4話)
管理番号:r702
2
次の日、目覚ましが鳴る前に目を覚ました。出社すると何となく雰囲気が違った。会社の中が明るいというかよく見える。ファイルのありかも、人の動きも、ひょっとすると誰が何を考えているかも何となく分かる。
マネージャーに呼ばれて午後のミーティングの準備と明日のプレゼンテーションの資料作りを言われた。かしこまりました、と言って席に戻る。必要な書類をプリントアウトし、ミーティングルームを整えて準備オッケー。明日のプレゼンテーションの資料もPCの中のスライドを少し整理すれば大丈夫。あっという間に終わったわ。
視線を感じてそちらを見やると、お局さんがなんだか驚いた顔でこちらを見ていた。あら、何か私変わって見えるのかしら。そりゃそうよね、今日からは慧春尼様のご加護があるのだから。
明日のプレゼンテーションに参加する三木君がスライドを事前に見ておきたいので自分のPCに送って欲しいと言う。私よりも若いのに律儀な子で、わざわざ席にまで来て丁寧に頼んできた。メールで連絡くれれば十分なのに。
「いいわよ。もちろんすぐ送るわ。あなたも説明に参加するのね。大変ね。頑張ってね」
「そうなんですよ。今から緊張してるんです。上手くいくといいんですけど」
「大丈夫よ。上手くいくわ」
三木君が立ち去ってから、しばらくしてすぐ近くの席の陽子が近づいてきた。
「三木君どうしたんですか。ずいぶん真面目そうな顔でしたけど」
「明日のプレゼンが心配なんだって。真面目だから緊張しているらしいわ」
「それであゆみさんに何を言ってきたんですか」
「プレゼンのスライドを送ってくれっていうことだけよ。もう送ったわ」
「そうでしたか」
それだけ言って戻って行った。この子は彼のことが気になっているのね。歳も同じくらいだし。話すチャンスなんていくらでもあるし、お互いにその気があればすぐに進展するでしょう。そうならなければ縁がなかったっていうことかしら。相手の気持ちもあるけれど、一歩踏み出せるかどうかっていうことだけね。などといらぬ心配をしながら自分はどうなのかと考えてみた。
家に着いたらメールが来た。彼からだ。
「今度の土日は時間ができたよ。会いたいんだけど都合はどうかな」
あら、どういう風の吹き回しかしら。いつもは忙しい、時間が無いばかりなのに。向こうから会いたいってくるなんて。こちらはもちろんオッケーよ。いつでも会いたいんだから。そういう返信を送り返す。
「よかった。じゃあ土曜日の10時、いつものスタバでどうかな?そのあとは焼肉なんてどうかな?」
一緒に焼肉なんて久しぶりね、楽しみだわって返信した。
ああ、きっとこれも慧春尼様のご加護のお陰ね。すごいご利益だわ。きっと西ってこっちよね。ここからでもお礼を言わなきゃ。慧春尼様、ありがとうございます。なんだか上手くいっています。手を合わせて目をつぶり、頭を下げた。
3
象が迫ってくる。白い象。ここはどこなの。あんなに真っ白な象なんているのかしら。どんどん近づいて来る。えっ、体が動かない。このままじゃ踏みつけられてしまう。どうしたらいいの。誰か助けて。頭を抱えて目をつぶってしゃがみこんでしまった。
しばらくそのままでいたが、ぶつかっていない。踏みつけられてもいない。恐る恐る目を開けて象の方を見てみた。すると象の上に何かが乗っている。あっ、あのときの仏様。大きな畳敷きの本堂のお釈迦様のお隣にいた仏様。きっと普賢菩薩様という仏様。話しかけてくれた仏様に違いない。
白い象からはらりと飛び降りた。とっても身軽なのね。
「礼を尽くす、とは実はとても難しいのです。すべてを出しきらなければなりません。相手に対する敬意、思いやりを出し尽くすのですね。相手からは、それはもうやり過ぎです、十分過ぎます、もうそのくらいでお止めくださいといわれたとしても、まだ足りません。自分の出来ることすべてをやり尽くすことが必要なのです。
それが礼を尽くすということなのです。丹精を込める、という言葉もありますね。飾り気や偽りのない真心を相手に捧げる、そういうつもりで何事にも尽くすということです。さあ、振り返って見ましょう。そういう風に出来ていましたか、どうでしょうか。もし出来ていなければやり直せばいいのです。よく考えてみましょう」
そう言うと普賢菩薩様は、象の長い鼻にひょいと持ち上げられて、その背中に運ばれました。
そして向きを変えずに、そのままずぅーっと遠ざかって行きます。
待って下さい。よくわからないのです、どうすればいいのですか、と叫ぼうとしたが声にならず、象と普賢菩薩様は見えなくなってしまった。
というところで目が覚めた。ああ、夢だったか。でもどうしてこんな夢を見るのでしょう。何か足りないところがあるということなのね。でも夢だし、よくわからないわ。その程度に考えて出かける支度を始めた。
————
会社に着くと陽子が話しかけてきた。
「あゆみさん、おはよう。なんだか顔が明るいですね。いいことあったんですか」
「おはよう。そうね、ちょっとね。でも変な夢もみたの」
「どんな夢ですか」
「真っ白い象に踏みつけられそうになったのよ」
「真っ白い象ですか」
「そうなの、変な夢ね」
マネージャーが呼んでいる。
「昨日、プレゼンの資料を直してくれたね」
いくつかミスタイプがあったのと、スライドの順番が違っていたのを訂正しておいた。
「助かったよ。よく見てくれたね。これからも頼むよ」
マネージャーに褒められたなんて初めてのような気がする。褒められるといい気分だし、もっと頑張ろうって思えてくるのね。これも慧春尼様のお陰なのだわ。
————
11個の顔がこっちを見ている。
いろんな顔がある。優しそうな顔、笑っている顔、怒っている顔。
ああ、あのときの、急な階段を何段も上ったところのお堂のなかにいらした仏様だ。暗くてよくわからなかったけれど、こんないろんな表情をされていたんだ。その11の顔がどんどん近づいてくる。なんだか怖いわ。
「あのときはよく階段を上りましたね」
優しい声が聞こえてきた。
(続く)
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