私たちの結婚-第3話

私たちの結婚-第3話

作家名:バロン椿
文字数:約4050文字(第3話)
管理番号:r701

遠い道のり

~若い時、躓いたが、私たちは決して諦めなかった~

ふっと肩のあたりが軽くなったような気がした。
薄ら明かりの中、時計をみると、まだ午前5時前だった。
「ごめんなさい」
布団のずれる音に気がついた弥生が振り向いてくれた。
私を起さないようにと寝床をそっと抜け出し、着替えているところだった。
「行くのか?」
「ごめんなさい。午前7時から朝食会だから、5時半には戻っていないと」
2月。外は凍えるように寒い。
「そうか、体を冷やさないようにな」
「うん、ありがとう。車を呼んであるから大丈夫よ」
「そうか」
「テレビ、見てね」
「分かってるよ」
そして、弥生は「じゃあね」と小さく手を振ると、部屋を出て行った。
八畳間に敷かれた布団はいつもの通り片方しか使わなかったが、彼女の体調を考えると、そろそろ布団は別にしないといけないか…
まだ外は暗い。
ここなら小学校まで30分とかからない。
午前7時まで眠っていても大丈夫だ。
もうひと眠りできるな…私はまどろみを楽しむように浅い眠りについた。

午後

「以上を持ちまして、本日の委員会は終了と致します。」
議長の閉会宣言と共に扉が開き、傍聴していた記者たちが
「いくら役人とは言え、全てを把握している訳じゃあないから、答えられないこともあるよな」
「全く容赦ないよな。ありゃ血も涙もない『鉄の女』だよ」
「旦那も逃げ出す訳だよ」
と感想を口にしながら出てきた。

セクシーショーツ一覧01

話題の主は浅野(あさの)弥生(やよい)。急逝した父親の後を継いだ、所謂「世襲議員」で、当初は「お嬢様」などと揶揄されていたが、最近では妥協を許さぬ徹底した追及ぶりから「鉄の女」とありがたくない渾名を頂戴している
「いくつになった?」
「43だよ」
「男より政治か…いい女なのに」
「お前なんか相手にされないよ。裸になっても質問に答えられないならお預け。おまけに、あそこが縮こまって、どうにもならんぞ」
「ははは、そうだけど、ひどいことを言うな」
「おいおい、いい加減に記事を仕上げないと、締切に間に合わねえぞ」
「そうだ。お喋りは終わりだ」
記者たちのペンは踊り、夕刊タブロイド紙はどれとプロレス並の

「なぜ答えられないの!」、政府委員、立ち往生
政府委員、返答に詰まる、浅野議員のKO勝ち!

と派手な見出しを飾り、一般紙でも「白熱する国会論争」と紙面を多く割いていたので、駅の販売スタンドからは、各紙が飛ぶように無くなっていた。
「国会も大変ですな」
政治好きな副校長が夕刊を片手に我々の方に歩いてきた。
「これ、見て下さいよ。浅野議員ってなかなかやりますね」
校内では政治話はタブーだが、言い出したのが副校長とあらば、遠慮はいらぬ。「私にも見せて下さい」と直ぐに輪ができ、「なかなかの論客ですよね」、「しかし、これは、新聞記者が煽り過ぎですよ」と楽しそうな声が聞こえてくる。
子供の教育のこと以外では関わりたくない私は、翌日の下調べを終えると、カバンを手に職員室を出ようとしていた。
「おや、吉田先生、お帰りですか?」
副校長の皮肉っぽい言葉が飛んできたが、そんなことはどうでもいい。
「はい、お先に失礼します」と、私はこれからのことを考えながら、学校を後にした。

回想

今から11年前、私は東京都伊豆七島の中の、小さな島の小学校に赴任していた。
島の人口は多くなく、皆が顔見知りだから、独り身の私など、
「先生、今晩はうちで飯を食え」、「公民館で寄り合いがあるから、先生も付き合え。酒も魚もたっぷりあるぞ」と、毎日のように声が掛かり、時には、「うちの娘を嫁にもらってくれ」など、返事に困ってしまうことも、一度や二度では無かった。
7月、もう直ぐに夏休みという頃、そんな島に、弥生が何の前触れもなく訪ねてきた。
「こんにちは、孝太郎さん」
「久しぶりだな。どうした?」
学校内では何だからと、外を案内しようと校庭を歩いていると、「あのきれいなお姉ちゃん、東京から来たんだって」、「へえ、先生の彼女かな?」と小さな教え子たちが教室から身を乗り出していた。
「ふふ、人気者ね」
「あ、あれ?この島じゃあ、皆が家族みたいなものだから、秘密なんて無いのさ」
「そうか。でも、いいところね」
私、吉田(よしだ)孝太郎(こうたろう)と浅野弥生は高校の同級生で元恋人。大学を卒業して間もなく、弥生は私の子供を身ごもったが、弥生の両親に結婚を反対され、弥生はやむなく中絶した。
その後、私たちは会うことはなかったが、弥生はアメリカに留学し、帰国後、証券会社でトレーダーをしていると噂には聞いていた。

「何かあったのか?」
「うん…お父さんが亡くなったの」
「ああ、テレビのニュースで見たよ。ごめん、今さら葬儀に顔を出すなんてできなかったから」
「いいのよ」
「それで、片付いたのか?」
「ううん、まだまだよ」
「それはそうだな」
弥生の家は小さくなったとは言え、資産家。それに、祖父の代から続く政治家一家でもある。
「土地なんかは叔父さんが管理しているし、母は意見があるかも知れないけれど、私は関心ないのよ」
「問題は、あれか?」
「そうなのよ。お父さんの後継者をどうするか、これなのよ」
彼女自身は政治家になろうなどとは考えてもいなかった。
父親も「女に政治は向かん」と継がせるつもりはなかったが、心筋梗塞で急死したため、後継者が決まらなかった。
こうなると、やはり身内に継がせようと周りが放って置かないものだ。

「どうしたらいい?」
「どうしたらいいって、もう断れないんだろう?」
「そうなんだけど、あなたの考えが聞きたいの」
弥生の性格からして、私に単なる同意や慰めを求めているのではないことは明らかだ。
「政治家は大変な仕事だ。弥生のことだから、何でもはっきりさせなくては気が済まないだろう。そういう意味では、政治は妥協の産物だから、最も向かない仕事だろう。それに騙し合い等、汚いことが多く、弥生も傷つくだろう。私の本音を言えば、君にはそんな仕事に携わって欲しくない。だけど、父親を見ているから、そういうことも承知の上で、引き継ぐ覚悟が出来ているなら、私は反対しない。何も出来ないが、陰ながら応援するよ」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい」
「大変だぞ」
「分かっている」
たったそれだけ、弥生は私の意見を聞いただけで、泊まりもせずに、その日のうちに東京に帰っていった。

テディプレイスーツ一覧01

次に弥生から連絡があったのは4年前だった。
父親の急死から後継者として担がれた補欠選挙で当選。
以来、7年。当選を重ね、3期目。
若手論客として一目置かれる存在となった頃だった。
「吉田先生、浅野さんと言う方から電話ですよ」
当時赴任していた都内の小学校に電話があった。
「孝太郎さん?」
「弥生か?」
電話の向こうでスーと息を吸い込む音が聞こえた。
弥生は気が強いと言われているせいか、困ったことがある時、相談したいことがある時、素直にそのことを言い出せず、息を吸い込む癖がある。
「どうしたんだ?何かトラブルでもあるのか?」
「上手くいかなかったのよ」
「えっ…」
「別れることにしたの」
私たちは別れた後、互いに独身でいたが、彼女は議員になってから、同僚議員と結婚したことは新聞で知っていた。
「お世話してくれた方がいて、なんだか結婚させられてしまったみたいで、最初から上手くいってなかったの」
「そうか」
「政治の方が簡単ね」
「独身の私に聞かれても答えられないよ」
「あら、そうね、ふふふ。ごめんなさい」
「元気か?」
「うん、大丈夫」
「あんまり無理するなよ」
「ありがとう。あああ、ゴルフでもするかな、うぅぅ…あ、ごめん、背伸びしちゃった」
ゴルフなんか好きもないのに…彼女らしい突っ張りであることは私には分かった。
本音は辛い。
でも泣くこともできない。
だから余計に突っ張ってしまう。
「休んだら?」などと言っても、「忙しいのよ」と返ってくるだけだ。

「会期中だろう?そんな呑気なことを言ってていいのか?」
私はわざとそう言った。
すると、「だって、あなたが『無理するな』って言ったんじゃない」と甘えてきた。
「ほらほら、そんな風に突っかかってくるんだから、可愛げが無いって言われるんだぞ」
「へへへ、そんなこと言ってくれるの、孝太郎さんしかいないわよ。よし、頑張るか。あなたの声を聞いて、何だか元気が出てきた」
電話越しにも元気が出てきた様子が分かる。
「だから、無理するなって言うんだよ」と言ったが、「はい」と今度は素直な言葉が返ってきた。
「じゃあね、また電話するから」
「ああ、いいよ」
独り身になれば憚るものはない。
弥生は私に度々電話をくれるようになった。

翌年、弥生の母親が亡くなった。
「二人ともあっけなかった。お父さんは心筋梗塞だったけど、お母さんは膵臓癌、長い看護になるかなと思っていたのに、あっという間に亡くなったわ」
「お前のことが心配だったんだろう」
「そうかも知れない。具合が悪くてもなかなか病院に行かなかったから」
「我慢強い人だったからな。しかし、お前も気をつけろよ」
既に私の両親も亡くなっており、二人が結婚に反対された時の関係者はいなくなった。
だからと言って、あれから既に16年も経っており、互いの考え方が当時とは同じとは限らない。
「それでは、結婚しましょう」という訳にはいかない。
だが、言葉には表さなかったものの、心の奥底には、「一緒にいたい」という気持ちは私にはあったし、弥生もそう思っていた筈だ。
「ご飯食べましょうか?」
「ああ、いいね」
電話ではこう言うものの、弥生は公人だから、マスコミなどには十分に注意しなければならない、会う時間、場所も限られる。
ホテルや有名レストランは絶対にダメだ。
時間も、早朝、或いは深夜と気を使ったが、やがて、隠れ家とも言える旅館が見つかった。
表通りから奥に入ったところにある旅館で、夕方、裏口から入り、早朝そこから出ていく。
二人揃わなくても、午後7時頃には食事を用意してもらい、片付けるのは、翌朝、チェックアウト後、朝食の用意は要らない。
そんな我儘を聞いてくれるところだった。
「孝太郎さん、どうして結婚しなかったの?」

(続く)

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