私たちの結婚-第8話

私たちの結婚-第8話

作家名:バロン椿
文字数:約2270文字(第8話)
管理番号:r701

娘の気持ちには逆らえない

退院はしましたが、即職場復帰とはいきません。
図書館の司書とはいえ、通勤もあるし、館内でも座ってばかりいる訳にはいかないので、ギブスは取れていませんが、「はい、少しづつでいいですよ」と補助棒に掴まっての歩行訓練が始まりました。
最初は恐々でしたが、2日、3日と続けていくうちに、段々スムーズに足が運べるようになり、お蔭さまで、1週間ほどのリハビリで職場に戻ることができました。

しかし、バスで通うのは無理でした。
「迎えに行くから」、そう言って、孝雄さんは、毎朝、私を車で迎えに来てくれましたが、「罪滅ぼしのつもりかしら」と娘はいい顔をしませんでした。
「三浦さんが館長と結婚するらしい」
そんな噂が私の耳に入ってきましたのは、それから間もない頃でした。
怪我をして病院に連れて行ってくれた時、いや、バレーボールの応援団長を買って出てくれた時から、孝雄さんの気持ちは分かっていました。
車で送り迎えしてもらい、私も「このままいけば…」と思ったことも確かでした。
でも、娘の気持ちは……

私が「もう送り迎えはいいです」と言うと、「そうだね。バスで通えるな」と彼もあっさり受け入れてくれました。
人の噂も七十五日
よく言ったもので、いつしか、噂は過去のものとなり、それとともに「二人はただの中学同級生」と落ち着きました。

終わりたくない・・

「明けましておめでとうございます」
「今年もよろしくお願いします」
年が改まり、図書館の新年会が市内のホテルで行われました。
「三浦さん、もう大丈夫?」
「ご心配をお掛けしました。もう年甲斐もないんだから。恥ずかしいわ」
まだまだ完全によくなった訳ではありませんが、仕事には支障のないところまで回復しましたので、私も出席しました。
会場の中央では「館長、図書館の民営化なんて噂がありますが、どうなりますか?」と孝雄さんが皆に囲まれていました。

「ご心配なく。そんなことは計画にも上がっていませんよ」
「そ、そうですか。館長からその言葉をいただければ、もう安心です」
「今夜はそんなことを忘れて飲みましょう」
「そうですね、あははは」
やはり新年会です。明るい話題で無ければいけません。

テディプレイスーツ一覧01

そして、午後8時半、会はお開きなりました。
新年会参加者は、二次会に行く者、帰宅する者等、三々五々です。
「お疲れさま」
「気をつけて」
私も仲の良い同僚と別れて、タクシー乗り場に行きました。
しかし、そこは吹き抜ける風はとても冷たく、「うう、寒い…」と、背中を丸めて並んでいると、「送るよ」と先にタクシーに乗り込んでいた孝雄さんが声を掛けてくれました。

「いえ、でも…」
私が躊躇っていると、後ろのタクシーが「プップッ」とクラクションを鳴らしました。
「さあ、遠慮しないで。痛めた足を冷やしたらダメだよ」
孝雄さんも誘ってくれます。
「それじゃあ」と私が乗り込むと、運転手さんは「すまん」と後ろの車に手で合図をしていました。
「痛むかい?」
「もう大丈夫」
静かな車内。
ヒーターが効いて暖かい。

「考えてくれないか?」
「え?」
「一緒に暮らすことを」
小さな声でしたが、孝雄さんははっきりと言いいました。
「今すぐとは言わない。明美ちゃんの気持ちもあるだろうから、返事はゆっくりでいい」
通勤の際の送り迎えを断った時、それで終わりだと思っていました。
でも、彼はそうではありません。
私だって気持ちは同じです。
マンションが見えてきました。終わりたくない…

「あ、あの、このままA町まで行って下さい」
A町にはラブホテルがあります。
孝雄さんは驚いていましたが、直ぐに手をぎゅっと握っくれました。
「私、久し振りだから…」
ラブホテルでベッドに押し倒された時、震えていました。
もう45歳。
前の夫とはいろいろあったから、7年くらいしていない。
生理的にできないんじゃないかと、ものすごく不安でした。
でも、孝雄さんに抱かれ、キスされると、不思議に気持ちが落ち着き、震えは止まりました。
そして、じわっと潤っていくのが分かりました。

「由美子」
「あなた、あなた、好きよ、好き…」
肌が合わさり、感じる温もり。心も体も燃え上がりました。
下着を取られると、恥かしいくらいに濡れていました。
「ああ、いい、ああ、ああ…」
乳房を揉まれると、自然に声が出る。
こんなの、いつ以来かしら…
最後に孝雄さんの硬くなったものが入ってきた時、もう絶対に離れたくないと思いました。

あなたと暮らします

「好きにしたら」
私が「秋山さんと結婚したい」と娘に打ち明けた時、たった一言、そう言ったきり、彼女は背を向けたままでした。
前の夫の家庭内暴力の被害者は私だけではありません。
娘の明美も顔が赤く脹れるまで叩かれたことは一度や二度ではありません。
その度に、「この子には手を出さないで!」と私は体を投げ出し、泣きながら娘を守りました。

「お母さん…」と私の腕の中で泣きじゃくる娘を、「大丈夫よ、お母さんがいるから」と抱き締めた、その母が結婚したいと言い出したのに、「よかったね」と言ってくれてもいいのに。
でも、自分だけに向いていた愛が、全くの他人に向けられると思うと、決して素直にはなれないのでしょう。
娘の気持ちも分かります。

何度か話し合いましたが、彼女の口からは最後まで「おめでとう」の言葉は出てきませんでした。
このままでは、結婚しても上手くはいかない、そう思った孝雄さんは、「無理はよそう」と言いましたが、私が出した結論は「娘とは別れ、あなたと暮らします」でした。
明美、あなたをずっと愛している
いつかはきっと分かってくれる筈…
母親から娘への「子離れ宣言」です。

(続く)

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