今様シンデレラの結末は-第9話
作家名:くまあひる
文字数:約4420文字(第9話)
管理番号:r700
9.襲う不安
部屋に帰って湯船につかり、宴会からの怒涛の展開に思いをはせる。
油揚げから彼女に昇進・・・。
いきなり激震が走った自分の身上が今でも信じられない。
あんな人が私の彼氏?
釣り合ってないのは一目瞭然。
これからどうなるんだろ・・・。
私のような女が彼に愛されるなんてありえない。
強情で、可愛げがなくて、年増で、・・・。
犬飼課長や喜び組にそう言い続けられた私が。
それに私と柊さんは会社という場所が土俵だった。
会社という組織の中で築いた関係は、会社の外で通用するのだろうか。
仕事という共通項でくくられていた私が彼女になれるのかな。
仕事以外に何も魅力がない私が・・・。
誰が見たって明らかに釣り合ってない。
こんな私を知られるのも怖い。
何の取柄もなく、何も自慢できるものがない私が。
そういえば私、彼のこと何にも知らない・・・。
あえて今まで聞かなかった。
聞いたら彼の情報がどんどん増えて抜け出せなくなりそうで、聞けば聞くほど距離が近くなって離れられなくなりそうで。
運命の相手を自分で探したいなんて自分で言ってたけど、もし運命の相手と出会ったらそこからはどうなるのだろう。
おとぎ話は運命の王子様と両想いになった後の詳細は書かれていない。
もしかしたら破局したパターンだってあるのかも。
シンデレラは王子様に見初められてお城で終生幸せに暮らしたのかしら?
身の程知らずとお城で再びいじめられたりしなかったのだろうか。
釣り合わない自分に悩んだりしなかったのか。
自分を深く知られて幻滅されることはなかったのか。
運命的な出会いは“幸せ”まで赤い糸で結ばれているわけではないのかもしれない。
現実の世界ではそこからがスタートで決してゴールではない。
かつての恋愛なんてもう参考に出来る歳じゃない。
若いころのように無謀なチャレンジャーにはなれない。
この歳で痛手を負ってしまうと立ち直れない可能性がある。
なんて臆病者になってしまったんだろう。
久々の恋なのにダメージを受ける予想しか出来ない自分自身が嫌になる。
人を好きになった時、私はこんなに不安になっていただろうか。
好きな人と一緒にいられてうれしくて、楽しくて、時間が経つのが早くて。
でも柊さんを好きになってから、度々疑心暗鬼になる。
柊さんにではない、自分にだ。
怖い・・・こんな不安な自分を、自分でも嫌になる自信のなさを柊さんに知られてしまうのが。
自分に自信がないから自分を疑ってしまう。
自分の存在価値を見出せず、胸を張って誇れるものが何も思いつかない。
柊さんが私の何を気に入ってくれたのかも。
このままじゃ私を好きだと言ってくれた柊さんを疑ってしまうだろう。
そもそも私は誰かと幸せになれるのだろうか。
幸せになれないシンデレラのまま終わるのではないだろうか。
お風呂から出ても教えてもらった番号に連絡することをためらってしまう。
ケータイを握りしめたまま電話も出来ないって、今時女子高生でもありえない。
ドキドキして出来ないんじゃない、不安でたまらないからだ。
大きなため息をついた時、ケータイが震えた。
柊さんからだ。
もしかしてもう別れ話とか・・・。
途端に心臓がバクバクし始めた。
「はい」
「美和、無事帰ったのか?」
「はい」
「よかった、連絡ないから心配してたんだぞ」
「私を?」
「当たり前だろ、一緒にいたかった彼女をしぶしぶ帰らせたんだぞ。何かあったら一生モノの十字架を背負うトコだよ」
「柊さんが・・・私なんかの心配をするの?」
「美和?・・・どうした?なんか変だよ」
「そう?そんなこと・・・ないけど」
「美和、明日会える?」
「はい」
「じゃあ、昼ごはん一緒に食べよう、何が食べたい?」
「特にNGないので柊さんのおススメで」
「じゃあ、迎えに行くから。どこに行けばいい?」
「あ、現地集合でいいですよ。自分で行きます」
「車で移動するつもりだから、美和の家の近くのコンビニでもいいかな」
「すいません、ご迷惑おかけします」
「じゃ、おやすみ」
よかった、明日会おうと言ってくれた。
意地を張って帰ってきたから、嫌われたかと不安だった。
柊さんに会いたい、一緒にいたい。
でも恐い・・・距離が近くなって失望されるのが。
私を忌み嫌われてしまうのが、捨てられるのが・・・。
一緒にいても価値のない人間だと思われるのが。
一緒にいて恥ずかしいと思われるのが。
ああ、何だかとても疲れた・・・。
近くのコンビニに行くと柊さんが車から降りて手を上げた。
「すいません、お待たせして」
「いや、約束の時間までまだあるよ。美和早かったね」
「柊さんこそ」
「乗って、ひとまずメシ食おう」
連れてこられたのは和食のお店。
しかもなかなかの敷居の高さを感じる。
「ココのランチ、うまいんだよ」
と、私の緊張をほぐすように入店を促してくれる。
予約してくれていたため、二人でも個室に通された。
いくつかのランチメニューから別々のモノを頼み、仲居さんが下がった後、沈黙が訪れた。
何かしゃべらないといけないんだろうな、この沈黙はツラい。
何話したらいいのかしら。
気の利いた話も振れない自分が嫌になる。
柊さんを楽しませることが出来ない自分に焦ってしまう。
運ばれてきたトレイには、ランチとは思えないほどの手の込んだ料理が並んでいる。
「うわーきれい、こんなの食べたら女子力上がりそう」
思わず笑顔とともに口からこぼれた独り言に柊さんが笑う。
「気に入ってもらえたのならうれしいよ」
「ここは接待とかで来られたんですか?」
「いや、遠縁がやっている店なんだ」
「そうなんですか、食べるのもったいないくらいキレイですね」
「よかったら今度は夜に来よう、結構お酒のメニューも多いよ」
「・・・・・」
次もあるんだ・・・よかった。
でも、いつまで私と会ってくれるんだろう。
いつ嫌われてしまうんだろう。
「美和?もしかして口に合わない?」
「えっ、そんな、おいしいです。そんなに私に気をつかわないでください」
「それ、こっちのセリフだけど・・・」
「え?」
「さっ、食べよう」
食事の間、柊さんは途切れることなくいろんな話をしてくれた。
日下課長との学生時代の出会いや奥様との馴れ初めなど楽しい話ばかりだった。
店を出て、スーパーに寄り、二人分のお酒やアテ、パンなどをかごに入れていく柊さんを見て、それが私と過ごす為に買っていると思うと何だかホッとする。
時折私に「コレ好き?」とか「どっちにする?」と確認してくる柊さんに申し訳なさを感じてしまう。私なんかに気をつかうことないのに・・・。
部屋に入って買ってきたものを取り出しながら、
「大量ですね」と笑うと
「そう?土日二人分だからこんなもんじゃない?」
と当たり前のように言って、笑う柊さん。
明日も一緒にいられるの?
この笑顔をいつまで見ることが出来るだろうか・・・。
並んでソファーに座ると緊張してしまう。
何かの判決を聞くような気分になる。
ため息が聞こえた。
「どうしてそんなに固くなってるの?」
「ううん、そんなことないですよ」
「正直、距離を感じる。話し方も、妙な遠慮もするし、表情こわばってること多いし」
「そうですか?」
「うん、なんか俺に対して構えてるっていうか、シャッター閉められてる感じがする」
「・・・・・」
「昨日の夜の電話も何かおかしかったし、メシ食ってる最中も、俺の顔を窺っている気がした。車の中じゃ少しビクビクしてる気がしたし・・・何で?」
「・・・・・」
「美和、不満があるなら遠慮せず言ってほしいんだけど」
「不満なんてないですよ、私の方が多分・・・」
「多分、何?」
「・・・・・」
「言って」
どう説明したらいいのかわからない。
彼のような人から見て私の不安なんて理解できないだろう。
心臓の鼓動だけが聞こえてくる。
「美和、問題は二人で解決していかないと長続きしないよ」
長続きしない・・・それは別れを示しているのだろう。
やはり分不相応な相手なんだろう、私にとって柊さんは。
「やっぱりそうかもしれません、こんな私では柊さんに不釣り合いだと自分でも思ってます」
「やっぱりってどういう意味?」
「柊さんにはもっと若くてキレイな方がお似合いですよ」
「どうして?」
「私がそばに立っていると恥ずかしくないですか?今はそうじゃなくても、そのうち私と付き合ったこと後悔すると思います」
「何でそんなふうに自分を卑下するんだ!」
彼の口調が明らかに厳しくなっている。
「俺は君が強い女性だと思っていたよ。犬飼課長にも負けないくらい強い人だと。何で自分のことになるとそんなに弱気になるんだ。君がなぜそんなに自信がないのかわからないよ」
「そうですよね・・・・ごめんなさい、私は柊さんに想ってもらえるような価値のある人間ではないんです。いるだけで目障りな役立たずなんです。ごめんなさい、ホントに申し訳ないです。あの、帰ります」
「送っていく」
「大丈夫ですから。気にしないでください」
彼の部屋を出ると雨が降り出していた。
このくらいだと大丈夫かなと歩き出したが、すぐに本降りとなり、あっという間に濡れネズミになった。
不思議と傘を買おうともタクシーを拾おうとも思わない。
雨に何かを洗い流してほしいと思っていたからかもしれない。
彼の言う通りだ。
こんな私じゃ誰ともうまくいかない。
こんな私じゃ・・・
部屋に帰りシャワーを浴びたが雨に打たれた体は温まらず、お約束通り風邪を引いてしまった。
市販の薬を飲みずっと寝ていたが熱は下がらず、月曜日は解熱剤を飲んで出勤した。
仕事ははかどらず、どんどん悪化している気がしたが、何とか定時を迎えた。
「高橋さん、送っていきますよ。それじゃ帰れないでしょ」
上司に送ってもらうなんて気が引けたが、自分の体力が限界なのもわかっていた。
シートを倒した助手席に乗せてもらうと、
「奥さんのだけどよかったら使って」と大きめのひざ掛けを渡された。
「ありがとうございます、日下課長は愛妻家だとうかがってます」
「アイツから聞いたの?アイツと・・・何かあった?」
「いいえ、私がいけないんです。自信がなくて、自分でも嫌になるくらい」
「あのさ・・・アイツはせっかちで、自分と同じ思いを相手に求めて期待するんだ。人はそれぞれ個性と人格があり、どの人も同じものはない。どんな立派な価値観も人に強要したら終わりだ。高橋さん、僕は別に滝本の味方でもないし、君とヤツがどうなろうと中立だ。だけど今の君が自分自身を嫌になるような相手を選んではいけないよ。君は君であり、ヤツに合わせる必要はないんだよ。恋愛は自分が主でなければダメなんだ。相手が主になると、その時点で対等ではなく主従関係になってしまう。恋愛はいかに相手に安心を与えられるかで続いていくんだと思う。遠距離恋愛がいい例だろ。ずっと継続して安心を与えることで相手からの絶対的信頼を勝ち取っていくんだ。自分を不安にさせるようなオトコは必要ないと思うよ」
「・・・はい」
震える声でそう返事するのが精いっぱいだった。
私はひざ掛けで顔を隠し、声を押し殺して泣いた。
(続く)
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