今様シンデレラの結末は-第2話
作家名:くまあひる
文字数:約2040文字(第2話)
管理番号:r700
2.限界
月曜日、会社に行きたくないという体を無理やり説得してベッドから出る。
また一週間会社に行かなきゃいけないんだ。
頑張れと自分に言い聞かせながらタイムカードを押す。
タイムレコーダーの作動する音がこれから一日拘束される施錠のように感じ始めたのはいつごろからだっただろうか。
上司のデスクのあたりから聞こえてくるキャバ嬢のような甲高い笑い声とこちらを見ながらの含み笑いも気にしないように自分に暗示をかける。
昔の私なら「会社に何しに来てんの?」と叱っていただろう。
けど今はその気さえ起こらない。
まるで牙のないトラのようだ。
何とか迎えた金曜日、明日が休みであと数時間でココから解放される事だけが今の自分の命綱だ。
休憩時間にトイレの個室に入っていると、喜び組が入ってきた。
「あーあ、午後は眠くなるから働きたくないよねぇ」
「ていうかアンタは午前中も大して働いてないでしょ」
「だってぇ、面倒な仕事は高橋さんにさせたらいいって課長に言われてるからぁ。私さぁ、課長と賭けしてるの、高橋さんがいつまでもつか」
「えー、でもあの人辞めたら仕事する人いなくなるじゃん」
「あーそれもそっか」
キャハハハという笑い声が遠くなって、私は個室を出た。
少しだけ残っていた迷いが消えた。
もういいよね・・・私だけ頑張らなくても。
今すぐにでも帰りたかったが、最後のプライドを振り絞って定時を迎えた。
よろよろと立ち上がり、カバンを片手にオフィスを出た。
ああ、今日は約束の日か・・・。
滝本さんは来てくれているだろうか、彼に何かを求めているわけではないが今日だけはあの約束がその場限りのものではないと証明してほしい。
トボトボという表現がぴったりな感じで約束の場所に行くと、ちょうど店に入ろうとする滝本さんがいた。
「よかった、来てくれて」
そう言われて私の涙腺は決壊した。
「どうした?なんかあったの?」
嗚咽するだけでうまく答えられない私の手を引いて彼は近くの公園に入った。
子供の様に泣いてしまう恥ずかしさと、敗北感で私はしばらく泣き続けてしまった。
その間彼は何も言わずただ赤ちゃんをあやすように背中をトントンと叩くだけだった。
「泣きたい時は泣いていいんだよ。我慢するほうが心にも体にも良くないんだから。泣ける場所がなくてつらかっただろ、吐き出さないとダメだよ」
「ありがとう・・・ございます。ちょっと落ち着きました」
「何があったの?」
「会社辞めることにしました」
「どうして?」
「私の上司は、私がいつ辞めるか喜び組と賭けているそうです。だから・・・もう辞めます、無理です」
「そう・・・あのさ、少し休職したらどうかな。有給休暇とかあるだろ、休んで君の仕事をさせたらいいんだ。そしたら君の大変さがわかるよ」
「有給休暇は認められないと思います」
「どうして?従業員の当然の権利だよ」
「喜び組はOKですが、私は・・・」
「それじゃ法律違反だよ」
「うちの課の法律は課長ですから」
「・・・・」
「ということで来週にでも辞表を出すつもりです。滝本さんに聞いていただいてすごく楽になりました。ありがとうございました」
「辞表出すの・・・ちょっと待ってくれない?病院の診断書出して休んだら?」
「いえ、そういうのは会社に残りたい人がやる方法でしょう。私はもうそう思えないんです。唯一心配なのは担当しているお客様のことだけです」
「じゃあ、異動申請するとか」
「どうしてそんなに引き留めるんですか?」
「理不尽さに負けてほしくないから」
「・・・・」
「美和さん、とりあえず今日は飲んで憂さ晴らししようよ」
そう言って、あの待ち合わせの居酒屋に戻り、私は久しぶりにつぶれるまで飲んだ。
寝返りを打って強烈な頭痛で目が覚めた。
「うっ・・・」と声を上げると滝本さんが心配そうに見ていた。
「気分はどう?」
「大丈夫です。すいません、ご迷惑をおかけして、ここは?」
「僕の自宅」
「す、すいません、すぐ失礼します」
「まあまあ、そんなに慌てなくてももう終電ないから朝まで寝てたら?仕事休みなんでしょ」
「でも・・・」
「それよりさ、美和さん、会社辞めても週末の約束続ける気ない?」
「いえ、会社に来なければあの辺りに用はないし、来たいとも思いません」
「そう・・・まぁ朝までゆっくり休んでて。俺はこっちの部屋にいるから具合悪くなったら呼んで」
そう言って、彼はドアの向こうへ消えた。
しばらくウトウトしてたようで、気が付くと空は明るくなっていて、失礼しようと彼のいる部屋の前まで行くと彼の声が聞こえてきた。
「一日でも早く帰ってきてくれ、会って話したいんだ。頼む」
この人でもこんな電話するんだ。
よほど惚れているんたろうな。
お邪魔しちゃ悪い気がしてメモにお礼を書き置き、そっと玄関を出た。
来た時は記憶にないが、とてもきれいなマンションだ。
自分の歩くヒールの音だけが耳に入ってくる。
いい人だったな、もう会うこともないと思うけど・・・。
もう会えない・・・?自分の胸に何かが刺さった気がした。
それが何であるか私は気づかないふりをして駅に向かった。
(続く)
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