今様シンデレラの結末は-第16話
作家名:くまあひる
文字数:約1900文字(第16話)
管理番号:r700
16.暴挙
明日、柊さんがこっちに戻ってくる。
駅からすぐに私に部屋に向かうとメッセージが来ていたので、今日買物を済ませて明日は柊さんを迎えることに専念したい。
会社を出ようとしたら、誰かに手を引っ張られ使われていない商談ルームに連れ込まれた。
筒井さんだと分かったと同時に鍵を締める音が聞こえた。
「筒井さん?どうしたんですか?」
「あんな男と別れろよ、忠告しただろ!」
見上げた筒井さんの顔は今までに見たこともない狂気がにじんでる。
何も言えずにいると、抱きつかれて初めて日下課長の言葉の意味が分かった。
「やめてください!!」
「騙されてるんだ!捨てられるだけだぞ。お前が会社を訴えないように傍で見張っているだけだ。俺は何年もお前を見てきたんだっ!今さら横取りされてたまるかよっ」
もみあいになりながら、やっとのことで声を上げた。
「誰かっ、誰か来てください!」
そう叫んでみたものの、終業直後の商談室など通る人がいなければ誰にも気づかれない。
身の危険を感じる私とは対照的に筒井さんは薄い笑みを浮かべている。
私は辛うじて彼から離れ、部屋の奥に走った。
そしてテーブルに置かれていた置物を掴み、入り口のガラスを目がけて投げた。
ガラスが割れる大きな音がして、すぐに人の気配がした。
「だっ誰か、助けてください!」
割れたガラスの向こうから顔を覗かせたのは、筒井さんから渡された写真に写っていたあの女性だった。
「あら、派手にやったわね。出ていらっしゃいよ」
笑いながらドアを開けようとして鍵がかかっていることに気づいた彼女は眉をひそめ、隣にいた日下課長が割れた間から手を伸ばして鍵を開けてくれた。
「会社で女子社員を監禁?タダで済むと思わないことね」
その美しい顔からは想像も出来ないくらいの低い声が放たれる。
「アンタは滝本、いや木之内柊の婚約者だろ。高橋をだましておきながらよくそんなことが言えるんだな」
「ふふっ・・・婚約者ですって!?誰に何を吹き込まれたのか知らないけど、私の名前は木之内由紀、木之内柊の妹よ。異父でも異母でもない両親を同じくする生粋の兄妹よ」
「なっ、嘘だっ!写真に写ってたんだぞ、二人でいるところの」
「しつこいわね。日下さん、証人になってよ」
「はいはい、相変わらず由紀ちゃんは強いねえ。社長そっくり」
「ありがたくない説明ね」
「そんな・・・」
「あなた、私の写真を悪用して、兄の婚約者を監禁してたことを死ぬほど後悔させてあげるから、楽しみに待ってなさいよ」
顔面蒼白になって立ち尽くしていた筒井さんは、ヘナヘナと座り込んでしまった。
日下さんが総務部のスタッフを呼んで、筒井さんは連行されていった。
私の方に向き直った由紀さんはまっすぐこちらを見て深々と頭を下げた。
「怖い思いをさせてごめんなさい。たまたま日下課長に用があって来たところに偶然居合わせたんだけど。無事でよかったわ。もう少し遅かったと思うとぞっとするわ。この会社はあなたにつらい思いばかりさせている。訴えても構わないのよ。組織が大きくなればなるほど小さな声はもみ消されていく。もみ消された声はいずれ大きな災いとなって戻ってくる。今回のこともたまたま兄とあなたが出会って発覚した。でももし、そうじゃなかったら?あなたはそのまま泣き寝入り、事実は闇に葬られ、次の犠牲者が出る。我々創業家と会社はあなたに謝罪と相応の慰謝料を払う義務があるわ」
「そんな、会社が悪いのではなく、原因は犬飼課長だったので・・・」
「違うわ、確かに直接的な原因は犬飼課長だったわ。けど課員も彼の報復を恐れて皆口を閉ざした。それは暗に犬飼の行為を容認するという事よ。ならば犬飼課長の任命責任は経営陣が負うべきよ。そして会社は女子社員が退職し始めた時に調査を行うべきだった。何かおかしいと思っていた人もいたはずなのに。でも誰も何もしなかった。もしあなたが兄と出会わず、あの時会社を辞めていたらどうなっていたかしら?日下さん」
「うーん、多分この支店の顧客の3分の2を失ってこの支店は崩壊していただろうね」
「そう、顧客の信用を失い、売上を失い、高橋さんが今後ももたらしてくれる未来の利益も失っていたわけよ、大損害だわ。訴えられて初めてこの会社も事の重大さが身に染みるわ」
「いいえ、今回のことは泣き寝入りという道を選んでいた私にも責任があります。声を上げて助けを求めるという行為をしなかったからなので」
「でもね、このままうやむやに終わらせるのは不本意だわ。よく考えてみて」
「はい」
「これからすぐ帰るの?ちょっと待ってて。日下さん、後でメール入れとくから目を通しておいてね」
書類封筒を一つ渡して彼女は「行きましょ」と私の背を押した。
(続く)
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