今様シンデレラの結末は-第7話

今様シンデレラの結末は-第7話

作家名:くまあひる
文字数:約4360文字(第7話)
管理番号:r700

7.トンビと油揚げ

月曜日出勤すると彼のデスクには新しい課長がいて、荷物の整理をしていた。
「おはようございます」とあいさつをすると
「今日からお世話になります日下です」とにこやかな笑顔が返ってきた。
「高橋さんですか?滝本から話は聞いています。あいつとは畑は違うけど大学の時からの腐れ縁なんだ」
彼の名前を聞いて動揺したのを悟られたくなくて「そうなんですね」と笑顔で答えて自分のデスクに向かった。

日下課長は滝本さんとは全く違うタイプで物静かでスマートだけど、仕事は抜群に出来る人で、知らない間に課の成績は右肩上がりの成長を見せた。
週末、月締めを待たず目標を達成したことを祝って課全体で祝杯を挙げることになった。
課長は手柄顔もせず「皆のおかげです」といつもの穏やかさで挨拶をされた。
私も日々色んなことがあるけどとても充実していて楽しい。
けれど、金曜日になると封じこめた気持ちが存在を主張する。
いつかこの痛みを感じなくなる日が来るのだろうか。
早く来てほしい、でないと私はいつまでも一歩前に踏み出せない気がする。
忘れたいけど、思い出してしまう。
思い出しては忘れようと念じる・・・なんて不毛なのだろう。

「高橋、飲んでる?」
「はい!筒井さんも飲んでますか?」
「ああ、絶好調。こんな酒が飲める日が来るなんてな。今だから言えるけど、本気で辞めようと思ってたんだ。でも、高橋がいるから辞めなかった。だからあの日お前が辞表出したとき、ちょっとムカついた。俺に何にも相談せずに退職を決めたお前が身勝手に思えて。でも違うんだよな、俺に相談してもどうにもならないとわかってたから何も言わなかったんだろ。頼ってもらえるほどお前をかばってもやれなかったからな。でも、これからはサポートしてやれると思うし、支えてやりたいんだ。仕事以外でもな」

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「高橋さん、筒井さん飲んでる?」
ビールを持った日下課長が現れた。
私と筒井さんの間に座り込んだ課長はビールを注いでくれた。
「正直ね、ここまで成績上がったのって高橋さんのおかげだと思ってる。だって伸びてるの高橋さんが担当してる顧客がほとんどだよね」
「いえいえ、課長が着任されてから急激に伸びてますから、課長の手腕によるものが大きいですよ?」
「うーん、僕がやったのは皆の後方支援だけだからなぁ。足りない部分を補強しただけだよ。高橋さんが担当しているお客さんの数ってめちゃめちゃ多いでしょう?滝本から君の負担を軽くするように言われてたから、数件のお客様にそれとなく担当者変更の打診をしたんだよ。そしたらさ、匂わせただけなのに即拒否だよ、しかも断固拒否。参ったよ」

「そうだったんですか。滝本課長そんなことおっしゃっていたんですか」
「うん、あんまりたくさん顧客を持つと、それにかかりきりになっちゃってオンもオフもいろんなことをゆっくり考えられなくなるからさ。高橋さんのことだからどの顧客に対しても手を抜くことはないだろうから、尚更ね。滝本はかなり心配してたよ」
「そうですか」
「滝本とは最近会ってないの?」
「会うって・・・本社の方ですし、お会いする機会なんてないですよ。お忙しくされてると思います、それに・・・・」
「それに?」
「・・・ベタ惚れの彼女がいらっしゃるし」

少しおどけて心の中を見透かされないようにしなければいけない自分が悲しい。
「ベタ惚れの彼女?」
「そうなんですよ、電話で会いたいって頼みこんじゃうような」
「アイツが電話でねぇ・・・」
半信半疑のような表情を浮かべながら私を窺がうように見る。
なんとなく気まずさを感じたのを察したのか筒井さんが口を開いた。
「日下課長は、前はどこの部署にいらしたんですか?」
「最初は総務でコンプライアンスと法務・労働訴訟担当、それから海外に出たんだよ。何か所か海外拠点の立ち上げをして、しばらく日本に戻って、その間に結婚して一年くらい前にまた海外に出て、少し前に帰国したんだ」

日下課長の話に集中しようとしたが、すでに心は別のことでいっぱいだった。
自分の中で殺した気持ちは、時折息を吹き返しては私にささやきかける。
“忘れられないでしょう?そんなに簡単に消せやしないでしょう?
好きでいるくらいいいじゃない、心の中なら誰を想おうと自由なんだから。“
現実と相反する捨てられない恋心を誰にも悟られまいとトイレに立った。

トイレでしばらく気持ちを落ち着けてから戻ると、日下課長が廊下で電話をしていた。
「おい!油揚げ食われてもいいのか!?もうどうなっても知らねーからなっ!」
“油揚げ?”いつも穏やかな日下課長らしくない口調と彼のイメージではない油揚げという言葉のギャップに笑ってしまう。
お開きになり、仲のいいメンバーで二次会に行く人、帰る人、それぞれ姿を消していった。

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「高橋、もう一軒行かない?」
「いいですよ」と歩き出したところで、後ろから手を掴まれた。
驚いて振り向くと息を切らした滝本さんが立っていた。
「美和さん、今日は金曜日だよ」
反論するスキさえ与えず、彼は私の手を掴んだまま歩いていく。
「あの!?」
「俺は金曜日は来られなくなるって言ったけど、やめるとは言ってないよ」
やっと手を離してくれた滝本さんは私の前に立った。
「次の約束をしようとしたら逃げられたけどね」
少し抗議するように私を見る。
「腹減ったから、メシ付き合って」

再び私の手を取り、近くの居酒屋に入っていった。
「残業してらしたんですか?」
「いや、毎週あの店で待っていたんだ。もしかしたら来てくれるかもしれないって。でも結局一人で食べて会社戻って、仕事して、でこの時間になると腹が減るんだ」
「どうして?もう本社に帰ったんだし、情報収集も必要ないのに」
「あのさ、前も言ったけど、会社の為に一緒にメシ食ってたわけじゃないから」
「じゃ、どうして・・・」
「そこに理由必要?」
「・・・・・」

「美和さんとメシ食って、美和さんのこと知りたかったから。本社に戻ると時間の調整が難しくて約束守れない可能性が高いから、曜日を変えてもらうつもりだったんだ。だけどその話も出来ないまま逃げられちゃったし。連絡しようにも携帯番号も聞いてないことに気づいて愕然とした。支店に行けば会えるんだろうけど、それじゃ本社の人間と支店の人間という枠に入ってしまうだろ。避けられるかもしれないしね。だから日下に頼んだんだ」
「何をですか?」
「君が無理してないか、楽しく働けているか、トンビが近づいてないか」
「トンビ?」
「君たちは日下の温厚な仮面に騙されているかもしれないが、アイツは相当口が悪いんだ」
「そんなふうには見えませんけど・・・」
「ほら、騙されてる。あいつが今日、なんて俺に電話してきた思う?トンビが急接近してきて油揚げを食べようとしているってさ」

さっきの電話の相手は滝本さんだったのか・・・
それにしても油揚げって・・・。
「まだわからない?トンビが筒井君で美和さんが油揚げだよ」
「私が油揚げ・・・ですか?」
「そう。筒井君が美和さんに惚れてんのはあの課にいるほとんどが気づいてるんじゃないかな。短い期間しかいなかった俺ですら気づいたから。美和さんは気づいてなかったの?」
「全然・・・」
「筒井君から見たら俺こそがトンビなんだろうけどね」
「?」
「油揚げを狙うトンビは僕じゃないと困るんだよ」
「?」

「まだわからない?油揚げさん。仕事は出来るのに、自分のこととなるとニブイね。金曜日の約束を土曜日には変更できない?土曜日だったら朝からでもいい。一日中でも日付が変わっても構わない」
土曜日って・・・オフなのにそんなこと出来るはずがない。
だって・・・
「考えてること、わかるよ」
「え?」
「前言ってたよね、俺に彼女がいるって」
「はい」
「君が聞いたっていう電話の相手は日下だよ」
「え?」
「日下はあの時、海外にいたから、あの時間じゃないと捕まらないんだ。犬飼課長の後始末を頼める人間はアイツしか思い当たらなかった。法務、人事に精通していて、用意周到、冷静沈着、そして君のことを託せるほど信用できるヤツは悔しいが日下しかいない」

「大学時代からの腐れ縁っておっしゃってました」
「うん、そうなんだ。だからアイツを海外から呼び戻すべく口説いてたんだ。美和さんのメンタルも限界だったし、一日も早く帰国させて、この案件を処理させたかったんだ。でもアイツ赴任して一年弱だしさ、なかなかいい返事くれなくて、最後は泣き落としだったよ」
「そうなんですね・・・でも羨ましい。そこまで信用できる人が会社にいるなんて。私にはもう一緒に戦ってくれる同期はいませんから」
「その役は今後俺がするつもり。返事は?約束は土曜日に変更できる?」
まっすぐ私を見て話す彼の言葉に嘘はないと思う。
でもこんな人が私を選ぶなんて・・・あり得るの?
「なぜ私なんですか?滝本さんならもっと若くてキレイな女性が寄ってくるでしょ?」
「・・・・歯を食いしばって泣くから」
「え?」
「美和さんが歯を食いしばって悔しがって泣くから」

「それが理由ですか?」
「正直、メソメソ泣く女性や相手に何かを求めて泣く女性は今まで何人も見た。でも一生懸命働きたくて、居場所を求めて泣く女性は初めてだった。美和さんが言う“若くてキレイ”は一時的な評価で何も残らない。仕事を通して会社や社会に貢献できるという評価は別次元で、君へのオフィシャルな評価だよ。何事にも前向きで誠実という最強の武器を持っている美和さんは俺の中で稀にみる魅力的な女性だよ。君を知りたくて約束の居酒屋に通った。日下を見張り番として送り込んだ。今日、タッチの差でトンビに食われるのを阻止できた。また美和さんが泣くことがあったら僕の前で泣いてほしい。僕のいないところで、他のヤツの前で泣かないでほしい」
これは・・・告白というモノなのだろうか・・・。
信じられない内容を聞かされたからだろうか。
こういう状況でも理路整然と自分の気持ちを相手に伝えていく滝本さんに少し違和感を覚えた。
好きだと主張する相手を前にすると、男女を問わず少なからず動揺したり、気持ちが高揚したりするんじゃないだろうか。
余りにも淡々と、相手を納得させるような・・・何ていうか説明に近い口調で語られると、私への気持ちも事務的というか・・・温度の低いものと
感じてしまうのは彼につりあう自信が私にないからだろうか。

「俺が日下を選んだ理由はもう一つ、筋金入りの愛妻家だから。美和さんに横恋慕する可能性がないからね」
「筋金入りの愛妻家・・・いいなあ・・・女性から見れば最高のダンナサマですね」
「美和さん・・・返事聞いてないのに他の男褒められると傷つくんだけど」
「すいません・・・」
「で、そろそろ返事聞かせてくれない?」
「私でよければ宜しくお願いします」
「俺は美和さんがいいんだよ」
そう言って笑ってくれた。

(続く)

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