救われるつもりが・・・-第6話 3320文字 カール井上

救われるつもりが・・・-第6話

私ダメダメOLが、女の子の願いをかなえてくださるという祠へお参りに行ったら、実は自分が人助けのできる人間だと気づかされる。なんと、ありがく偉い仏様からのテレパシーを感知する能力があったなんて。不思議なこともあるものです。さて、彼氏ともうまくやっていけるのか・・・

作家名:カール井上
文字数:約3320文字(第6話)
管理番号:r702

美しいお顔に火傷の跡がある。いや、火傷の跡などかすんでしまうほど美しい。優しそうなお顔で、右手に一本の襷を手にしている。ああ、慧春尼様に違いない。

「篠原あゆみですね。あなたのこの襷の願いは私がかなえます。あのときもそう言いました。さて、あなたも私のいったことを守らなければなりませんよ。礼を尽くすのです。何事もおろそかにせず。わかっていますね」

わかっているのですが、どうしたらいいのでしょうか。一生懸命がんばります。ですが普賢菩薩様にも十一面観世音菩薩様にもそして今、慧春尼様にも毎晩こうしてお告げをされてもどうしたらいいのかわからないのです。そう言おうとするが口が動かない。
「わからなければまたいらっしゃい。あなたを頼りたい人が待っているでしょう」

誰が待っているのだろう。でも、とにかく行かなければ。行けばきっとわかるのだろう。何をすればいいのか。
今度は自分の意志で目を開けた。わかったわ。もう一度お参りに行こう。そうすれば普賢菩薩様も十一面観世音菩薩様もそして慧春尼様もまたお話してくれるに違いない。そこで私がなすべきことを教えてもらえるのだろう。

————

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土曜日、高志とスタバで待ち合わせ、そして約束どおりの焼肉。一緒に食べるとなんでも美味しい。
「変な夢を見るの。ありがたい仏様たちがお告げをしてくれるのよ」
お寺であったことや夢のお告げの内容を話した。

「だからもう一度お参りに行こうと思うの。そうすれば何をすればいいのかわかりそうだから」
「そうだね。僕も一緒に行くよ。多分、僕には何も聞こえないと思うけどね」

早速、次の日にふたりでお寺に向かった。
快晴の下を走る電車からは富士山がよく見えた。まだ山頂には雪が積もっているのもはっきりとわかる。
「こんなにはっきりと富士山を見るのは初めてかも」

高志が言った。
「そうね、綺麗だわ」
この美しい富士山をふたりで見られただけでも、今日ここに来た甲斐があるということのような気がする。これも慧春尼様のお導きかしら。

電車を乗り継いで、バスに揺られて目指すお寺にたどり着いた。大きな門の前で高志が立ち止まった。
「ずいぶん広そうだねえ」

右手にある大きな案内看板を見ている。ああ、これがあったんだ。門の名前、建物の位置が一目でわかる。慧春尼様のお堂は確かに瑠璃門を入って右に進めばすぐということもよくわかる。この間の長い階段は反対の左端だ。そこからぐるっと山道を歩いて慧春尼堂にたどり着いたのだった。あのときこの看板を見ていたら、苦労しなくても済んだものを。いや、待って。そうしたら普賢菩薩様のお声も十一面観世音菩薩様のお声も聞けなかっただろう。そうだとすると慧春尼様のお声も聞けなかったに違いない。やはりあの男の後をついていって良かったんだわ。そうでなければ今ここに高志と一緒にいることもあり得ない。

「どうした、考え込んじゃって」
「何でもないの。行きましょう」
ふたりで頭を下げ門の中へ進んでいった。

本堂の中は静かでこの間と何も変わりはない。ふたりで並んで座り、目を閉じて手を合わせた。正面には釈迦如来様、文殊菩薩様そして普賢菩薩様が鎮座している。声が聞こえてきた。
「よく来た。休んでいけ」
この間と一緒だわ。

「有り難うございます。普賢菩薩様、教えてください。何が足りないのでしょうか。私は何をすればいいのでしょうか」
「観世音様のところへ行きなさい。教えてくれるでしょう」
ああ、そうなのか。また、あの階段を上るのね。お礼を言って本堂を後にした。

「何か聞こえたの?」
高志が聞いてくる。
「聞こえたわ。十一面観世音菩薩様のところへ行きなさいって」
「例の階段の上だね」

「そうよ。頑張りましょう」
途中、巨大な高下駄の前を通る。
「こりゃ、すごいね」
「下駄は対じゃなければ役に立たないから、お参りすると縁結びのご利益があるんですって」

「なるほど。よくお願いしていこう」
お賽銭をあげてふたりで手を合わせた。こんなことができるなんて、ここに来るまでは考えられなかったわ。薄目を開けて高志を見ると、しっかりお願いしているのが見えて嬉しくなった。
「さあ、階段を上りましょう」

高志の腕を引っ張るようにして歩き出した。
「かなりきつそうだね」
階段の前で、上を見上げて腰に手を当てて高志が言った。
「行きましょう」

先に立って進み出す。この間よりも軽快に上っている気がする。観世音様にお目にかかれば何かを教えていただけるのだ。頑張らなきゃ。振り向くと高志が手摺に寄りかかって喘いでいた。
「頑張って、もう少しよ」
本当はまだ半分も来ていないけど。

「わかった。頑張るよ」
そう言って進み出してくれた。
天狗さんたちは相変わらず怖そうな顔をしている。でも、この間とは少し違う気がする。この間はただ睨まれているだけのようだったが、今日は少し違う気がする。「頑張れ」って応援してくれているように見えるわ。頑張らなきゃ。答を見つけるために。

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やっと着いた。御守りを置いてあるところには、やっぱりおじさんがひとり座っている。高志はまだだけど、十一面観世音菩薩様の前で手を合わせた。
「教えて下さい。私は何をすればいいのでしょうか」
「よく来ましたね。頑張りましたね。これからも良いことが起こりますよ。礼を尽くしなさい。何事もおろそかにせず」

観音様の声が聞こえた。
「はい。それで私は何をすればいいのでしょうか」
「慧春尼様のところへ行きなさい。慧春尼様が教えてくださるでしょう」
ああ、そうなのか。また、あのお堂でお願いするのね。

「わかりました。今から参ります」
そう唱えたときに高志が着いた。
「やっと着いたよ。何か聞こえた」
「聞こえたわ。高志もお参りをして。すぐに行きましょう」

まだハアハア言っている高志の腕を掴んで山道を進み出した。下り坂が少し急になった。もうすぐお堂に着く。
「もう少しよ。頑張って」
高志を励ました。
「そうか。頑張ろう」

お堂が見えた。
あっ、あの人だ。この間の親切な男の人だ。今日もお堂の前で頭を下げている。そして今日もまた少し肩が揺れている。また泣いているのだろうか。
「誰かいるねえ」
高志が言った。

「この間の人よ。またここで会えるなんて」
「でも、なんだか泣いているみたいだよ」
「そうなの。この間もそうだった。行きましょう」
この人の涙の訳を聞こう。そして力になってあげよう。それが礼を尽くすことのような気がしてきた。

「こんにちは。またお会いできましたね」
今日はこの間とは違って気付かれていないようだった。
「あなたでしたか。また会えるなんて。すごい偶然ですね。さあ、どうぞお参りしてください」
「有り難うございます」

そう言ってこの間のようにろうそくを灯し、高志と一緒に手を合わせた。
声が聞こえた。慧春尼様の声だ。
「よく来ました。私の頼みを聞いて下さい」
「えっ」

慧春尼様が私に頼みだなんて。一体何かしら。
「今そこにいる男性はよくここに来て祈るのですが、何を願っているのかがわからないのです。来る度に涙を流し真剣に祈るのですが、何をして差し上げればいいのかわかりません。あなたが聞いて私に教えて下さい。そうすれば力になれるかもしれない」

そうだったのか。礼を尽くすのよ。何事もおろそかにせずに。
「慧春尼様がおっしゃっています。あなたの力になりたいが何をしてあげればいいのかわからない。私にそれを聞き出して、お伝えするようにとのことです。教えて下さい。何を願っていらっしゃるのですか」

高志が驚いた顔で私を見ている。
「ああ、そんなあなたを煩わせるようなことは・・・」
「お願いします。教えて下さい。そうしないと私は慧春尼様に顔向けができなくなります」
「実は、妻の病を治していただけないかと・・・」

男は俯いたまま話してくれた。
「重い病気なのですね」
「白血病なのです。治療を続けてはいますが、医者からはもう余り長くはないかもしれないと・・・」
「わかりました。慧春尼様にお伝えし、お力添えをお願いします」

慧春尼様、お伝えいたします。
「慧春尼様、この方の奥様が重い病でお医者様からも、もう余り長くはないかもしれないと言われているそうです。なんとか寿命を延ばして差し上げて下さいませんか。お願い申し上げます」

(続く)

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