伝説の女性器-第11話 2080文字 ステファニー

伝説の女性器-第11話

挫折した箱根駅伝ランナーが次に追い求めるモノとは!?

作家名:ステファニー
文字数:約2080文字(第11話)
管理番号:k139

これが初恋というやつか。
とにかく、珠季とそういう関係になりたい。アオはそれしか考えられなくなり、爆音でかかる音楽すらも耳に入らなくなった。
何らかの違法行為が行われていたと思われるイベントの終了後、アオは珠季をまたアフターに誘った。この前と同じ店であれば付き合うと珠季から返事があったため、アオはまたあの店に足を運んだ。
店内で待ち合わせをした。相変わらず、外国人観光客で混み合っている。アオは一番奥の席を陣取り、珠季の到着を待った。
「アオさん」
ステージで着ていた服に、ゴールドの薄手のニットカーディガンを羽織り、黒いミニリュックを背負って、珠季は店に現れた。アオは手を上げ、自分の居場所をアピールした。
しかし、アオの隣の席にいた欧米系の外国人の男女が、珠季を見て立ち上がり、珠季は捕まってしまった。
「Hi,Tamaki!」
「Hi,Kevin and Jane!」

それから珠季はその二人と少し英語でやり取りをした。会話の内容はアオには聞き取れなかったが、最後に珠季が「OK」と返していたことだけはわかった。
「ごめんなさい、アオさん。一曲だけ、歌います」
両手を合わせて珠季が申し訳なさそうな顔でそう言った。そしてどこからともなく差し出されたマイクを珠季は手にした。
店内でちょうどかかり出していた、アリアナ・グランデの「Into you」を珠季は歌った。至極難しそうな楽曲であったが、珠季は難なく歌いこなしている。聴いていた外国人全員から、拍手喝采を浴びるほど、素晴らしい歌いぶりであった。
「失礼しました、アオさん」
歌い終わると、珠季はアオの向かいに腰を下ろした。
「いえ、全然。あの方たちは知り合いなんですか?」
あの外国人にチラリと目をやりながら、アオは珠季に問うた。
「はい。といってもこの店で私が前に歌っているのをたまたま目撃されてしまって、それから顔を合わせると、こうやって歌うようせがまれちゃうっていうだけの関係ですけどね。お二人はご夫婦で、都内の私立高校で英会話講師をされているそうですよ」

「そうですか。でもやっぱり珠季さん、英語わかるじゃないですか。今、話してましたよね」
弱ったな、というように珠季は苦笑いした。
「大して難しい会話はしてません。半年間アメリカにいたので、その間語学学校に行ってました。だから日常会話ぐらいならできます」
「いやぁ、それでもすごいですよ。自分、何にも話せませんもん」
「ありがとうございます。でも本当にアオさん、今日も来てくれると思わなかったので、ありがとうございます」
珠季はペコッと頭を下げた。
「いやいや、とんでもない。こちらこそ素晴らしいパフォーマンスを見せてもらって、感謝してます」
「楽しんでいただけたのであれば、何よりです。私たちにとっては、観てくれる方が貴重なので」
あの会場内で起きていることは珠季もわかっているのだろう。おそらくは、珠季を含め、あのメンバーはみな、自分たちが違法行為の目くらましのために呼ばれていると、理解しながらも引き受けていると思われた。
「なんだかもったいないですよ。珠季さんはこんなにも歌と踊りが上手いのに、こんな風に埋もれてるわけじゃないですか」
注文したハーブティーを一口飲んでから珠季は話した。

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「それはみんなそうなんですよ。あの場にいたみんなが他に仕事を持ちながら歌と踊りを続けてるんです」
「そうなんですか?珠季さんは普段、何をしてるんですか?」
「私は川崎の調剤薬局で受付事務をしてます。母が薬剤師でして、そのツテで入れてもらってます」
意外だった。アオは少し言葉を失った。
「薬剤師さんたちは珠季さんのステージを観に来ないんですか?」
団扇のように右手を振りながら、珠季は笑った。
「ないですよ。薬剤師さんって、すっごくお上品だから、あんな場にいたら、卒倒しちゃいます」
かなりおかしそうに笑う珠季を見て、アオは少し複雑になった。
「でも、母にはよく見せてますよ。うちは母子家庭だったので、たまに母がすごく疲れている時があって。そんな時は決まって、ポーラ・アブドゥルの『Straight up』を歌って母を励ましてました。母が大好きな曲なので」

「そうなんですね。それは良かった。でも、あの会場にいた客は明らかに珠季たちのステージを観てなかった。そんなんで珠季さんのモチベーションは保てるものなんですか?」
ちょっと寂しそうに珠季は眉を下げた。
「もちろん、悲しいですよ。一度、ストリップ劇場で綺麗なモデルさんの隣でファーギーの『Big girls don’t cry』を歌いました。私は一生懸命でしたけど、当然、誰も観てなければ聴いてもいません。もう泣きそうなぐらい悔しかったです。でも、その時、逆に決意しました。どんなに逆境であろうと私は負けない。絶対にいつも 100%のパフォーマンスで臨もうと」
そう力説する珠季の瞳は真剣そのものである。
「強いですね、珠季さんは」
「私だけじゃないですよ。あの場にいたみんなが同じです。みんな介護だったり、保育士だったり、栄養士だったりと、本職は堅くて、その割には労働量に給与が伴ってない仕事に従事してます。だからこそ、違った顔が持てる世界は、生き甲斐でもあるので、本気で取り組んでます」

(続く)

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