闇の男-第11話 3430文字 バロン椿

闇の男-第11話

日本の夜の世界を支配する男、武藤甚一(じんいち)と、それに立ち向かう元社会部記者、「ハイエナ」こと田村編集長らとの戦いを描く、官能サスペンス長編。

作家名:バロン椿
文字数:約3430文字(第11話)
管理番号:k077

だが、もっと悲しいのは美智代の方だ。
「えっ、今日も残業?」
「画廊って、変な時に忙しいのよ」
母親にこんな嘘をついて、娘を預けてきたのだが、このままでは、もう娘と会えなくなる。「由美ちゃん……」と言ったきり顔を伏せてシクシクと泣き出してしまった。

その間にも、車は高速道路をひたすら西に向かって走り続け、既に足柄SAを過ぎ、東京がどんどん遠くなる。
(もう永久に帰れないのかしら……)
美智代は手で涙を拭ったが、化粧もぼろぼろ、酷い顔になっているが、それよりも、着ている物がもっと酷い。
雄介は着てきた服があったから、まだいいが、美智代はワンピースどころか、下着までハサミで切り刻まれてしまったから、仲居たちが浴室掃除などの時に着替えるTシャツにショートパンツ、それに古くなった下着、とにかく体に合うものを着せられていた。

文句も言えぬまま、ぼんやりと窓の外を眺めていたが、豊橋を過ぎた頃から尿意を覚え、間もなく愛知県の赤塚SAという時、「あ、あの、車を、車を停めて下さい」と堪らず声を出した。
「何だよ?」と隣に座る監視役の男は睨んだが、ドライバーの男は「しょんべんだよ」と、バックミラーで美智代の様子を見ながら笑っていた。
「そうか。しかし、男と違ってビニール袋って訳にはいかねえからな」

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「まあ、いい。俺たちも疲れたから」
「そうよ」
ドライバーと茜はそう言って、次のパーキングエリアで車を停めてくれたが、車を降りると「ちょっと待て」とその場で腕を掴まれた。
(早くして……)
尿意が迫る美智代が足踏みしていると、「私たちも一緒に行くわよ」と茜ともう一人、背の高い男がぴったりとついてきた。
雄介にも同じく、小柄だが目つきの鋭い男がつき、「助けて!」と声を出すことも、まして、逃げ出すことなど到底出来ない。

絶望的な気持ちで車に戻ると、「飯だ」とコーヒーとホットドッグを渡されたが、美智代はとても食べる気にならない。
「そっちは結構です」とコーヒーだけを受け取ったが、雄介は若いだけに、「お腹すいた」とホットドッグにかぶり付いていた。
星の輝く夜空で眺めていると、夢が膨らんでくるものだが、今の美智代には何を見ても、漆黒の闇としか見えない。

10分程して、「さあ、行くか」と車は走り出し、大阪を過ぎ、神戸、広島、岡山と夜通し走り続け、関門トンネルを抜け、九州に渡ったところで朝になった。
美智代と雄介、それに茜も眠っていたが、男たちは眠る訳にはいかない。
「疲れたなあ」
「少し休むか?」
「いや、向こうで待っているから」
「そうだな」

彼らはトイレを済ますと、食事も取らず、コーヒーだけで、再び車を走らせ、大分県に入り、午前10時過ぎ、湯布院温泉の奥にあるひなびた温泉旅館に到着した。
表では女将と仲居が待っていたが、背が高く威圧感のある男、この地域の責任者、西崎(にしざき)英吾(えいご)が車に寄ってきた。
「ご苦労さん」
「あ、西崎さん。おはようございます」
「ああ、おはよう。後は引き受けるから、ゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます」

役目から解放されたドライバーと監視の男たちは旅館の中に消えていったが、茜はそのまま車に残っていた。
そして、「さてと」と車に乗り込んできた西崎は迫力のある目で美智代と雄介を睨むと、「逃げようなんて、バカな気を起こすんじゃねえぞ。この旅館は『先生』のものだから、どこに居たって見張られているんだ」と凄味のある声で脅かしてきた。

だが、二人には「先生」と聞かされるだけで十分だった。美智代も雄介も顔色が変わり、それを見た茜が、「まあまあ、西崎さん、そんな怖い目で見ちゃダメよ。二人は夫婦になったばかりなのよ。一緒にお風呂に入って、同じお布団で寝かせてあげなくちゃ」と嘲ると、西崎もニヤッと笑い、「なるほど、そうだったな。全く俺は野暮なんだから。さっそく、部屋に案内させるから、そこでゆっくりしてくれよ、お二人さん、あははは」と合わせた。

美智代も雄介も神経がズタズタ、何を言われても反応しない。
そこに、「もうご案内してよろしいか?」と、女将が様子を窺いにやってきた。
「すまんな」と手を挙げた西崎は、「頼むちゃ」と答えた。
女将もやはり「先生」の配下、親しげに話す二人の会話は大分弁だ。

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「それから、こいつら、新婚やけん、ははは、上手うやっちくりい」と西崎がいやらしく笑い、「そげなエッチなことぅ言うち」と女将が返す。
茜はクスクス笑っていたが、女将にとっては客は客。直ぐに顔を変え、「さあ、どうぞ、ご案内します」と美智代と雄介を車から降ろすと、「加代子さん、お願い」と仲居に引き渡した。
二人が連れて来られたのは2階の奥の部屋だった。
「どうぞ」と言われて中に入ると、手前に十二畳程の座敷、続く奥の間が十畳、そこに布団が一組敷いてあった。

「これでいいと言われましたから」
仲居はそう言って出て行った。
疲れ切っていた二人には布団が一組だろうと、どうでもいい。
早く横になりたいと、そこに横たわると、そのまま眠り込んでしまった。

いたぶり

(あ、いけない。何時かしら?)
目を覚ました美智代が壁に掛けられた時計を見ると、午後4時半を過ぎていた。
隣りを見ると、雄介はまだ眠っている。
8月末、部屋には西日が差し込み、むせかえるように暑い。
急いでエアコンを入れたが、効果がない。

額には汗が滲み、着ていたTシャツも下着も汗でぐっしょり濡れている。
着替えなど持っていないが、このままでは気持ち悪い。
起き上がった美智代はその座敷を出て、入口左横にある部屋付の浴室に通じるドアを開けた。
広々とした脱衣所はLEDライトが明るく、板張りの床はとても清潔感があった。
美智代は汗でぐっしょりとなったTシャツを頭から抜き取ると、ファスナーを下ろし、ショートパンツを脱いだ。

鏡を覗くと、化粧が落ちてしまった以上に、涙と汗で汚れ、とても見られた顔ではない。
(早く顔を洗いたい……)
美智代はブラジャーを外し、ショーツを足首から抜き取ると、それらをバスタオルの下に隠し、曇りガラスの引き戸を引いて浴室に入った。
黒い岩模様のタイルの洗い場は広く、二人は入れそうな檜の湯船からは湯気が立ち昇っていた。

美智代は迷わず頭からシャワーの湯を浴びた。
(あんなこと……)
思い出すと悔しさが込み上げてくるが、温かい湯が体の穢れも、汗も化粧の汚れも、全て洗い流してくれる。
湯船に浸かって手足を伸ばすと、沈んでいた気持ちも幾分か良くなった。

しかし、そんな時、曇りガラスの引き戸の向こうで、「いや、待って下さい」、「ほらほら、早くしなさい」と言い合う男と女の声が聞こえてきた。そして、ガラッと戸が開き、押し込まれたように、全裸の雄介が前のめりに倒れそうになりながら浴室に入ってきた。
「や、やめて下さい!」
美智代は本能的に手で胸を隠したが、戸口から顔を出した茜が「そう怒らないで」と笑っている。

「この子、汗臭いから、お風呂に入れて上げてよ」
「だ、だって」
「いいじゃない、夫婦なんだから」
茜も「先生」と同じ、何を言っても聞く耳を待たない。
「雄介君、オチンチンもきれいにするのよ。もしかして、美智代さんが洗ってくれるかな?あははは。じゃあ、ごゆっくり」

嘲るだけ嘲った茜が引き戸を締めると、浴室は静かになったが、困ったのは二人の方だった。
「す、すみません」
タオルも持たない雄介は股間を手で隠していたが、誰も入ってこないと思っていた美智代も小さなハンドタオルしか持っていない。
昨夜は無理矢理だったが、今日は違う。
体を見られたくない美智代は湯船から出るに出れない。

「ぼ、僕、こっち向いてますから」
雄介がおろおろしながらも背を向けると、美智代は慌てて湯船から出たが、肝心の曇りガラスの引き戸が開かない。
もう一度引いたが、置かれた脱衣籠が邪魔になって開かない。
焦るが何度やっても開かない。
一方、背を向けてシャワーを浴びていた雄介はペニスがどんどん硬くなっていく。

(ヤバいなあ……)
昨夜のこともあるが、後ろに全裸の美智代がいると思うと、それは止まらない。
だが、「困ったわ」と美智代の声が聞こえてくると、そのままにしてはおけない。
大きくなったペニスを隠すのも忘れ、「ぼ、僕がやります」と雄介は力任せに戸を引いた。
すると、バンと音がして、ようやく籠が外れ、脱衣所から涼しい風が吹き込んできた。
「あ、ありがとう」と飛び出していく美智代の形のいいお尻がプルン、プルンと揺れていた。

(続く)

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