伝説の女性器-第8話 2080文字 ステファニー

伝説の女性器-第8話

挫折した箱根駅伝ランナーが次に追い求めるモノとは!?

作家名:ステファニー
文字数:約2080文字(第8話)
管理番号:k139

東澤とはあの DJ のことなのだろう。
「はい。そうです。あのっ、もし良かったら、少しお茶でもどうですか?」
珠季の薄いブルーのロングカーディガンが揺れた。
言ってしまってからアオはしまった、と思った。二言目で女性を誘うなんて、あまりにも軽すぎるだろうし、不審者と思われかねない。
すいません、嫌ですよね、と言いかけた時、珠季の頬が緩んだ。
「では、私がお店決めていいですか?」
「はい、大丈夫です。よろしくお願いします」
ホッとアオは胸を撫で下ろした。交際経験のなさがこんな形で足枷になろうとは、と反省した。
時刻は朝の五時少し前。都心といえど空いている店はかなり少ない。珠季は大通りに少し出て、またすぐに路地へと入った。左右に低層の雑居ビルが並んでいるその通りで、比較的新しく洒落た建物の前で珠季は足を止めた。そこは外国人観光客向けに低価格で提供しているビジネスホテルだと言う。このホテルの一階に、24 時間営業している喫茶店があるという。

壁一面のスクリーンに洋楽のミュージックビデオを流すその店は、客の大半が欧米系の外国人だった。時間が時間なだけに、酔いつぶれている客がちらほら見当たる。
壁際で他の客からは少し離れた席を二人は取った。座るなり珠季は、店内でかかっていたケイティ・ペリーの「California girls」を小声で口ずさんだ。
「あっ、ごめんなさい。私、とにかく四六時中歌ってしまうんです」
怪訝そうにアオが見ていたように感じたのだろうか。珠季は謝った。
「いや、いいんですよ」
歌う珠季の姿は可愛いらしい。もっと見ていたいと、アオは思う。
「改めまして、アオと申します。都内でモデルしてます」
こういうシチュエーションで何を話せばいいのか、デート経験のないアオはわからず、とりあえず自己紹介をした。
「珠季です。よろしくお願いします」
歌っている時は、力強いが、普段の声は癒し系声優の早見香織にそっくりだ。そのギャップがまた面白い。

「タマキさんってどんな字を書くんですか?」
「真珠の珠に、季節の季です」
「へえ、綺麗な名前だね」
「ありがとうございます」
注文した飲み物が運ばれてきた。アオがコーラで珠季はカモミールティーだ。
「今日はどんな曲を歌ってたんですか?すいません、自分、洋楽に明るくなくて」
珠季がお茶を一口飲んでから答えた。
「はい、曲順に案内しますね。マイリー・サイラスの『flowers』、シザーの『kill Bill』、ビヨンセの『break my soul』、デュア・リパで『Dance the night』です」
聞いてもアオはわからなかったが、それでも知りたいとなんだか思った。
「珠季さんは洋楽を歌うということは、英語ペラペラなんですか?」
「いいえ、全然。アメリカに短期留学してたんですけど、私、勉強が得意じゃなくてちっとも身につかなかったです」
「でもかなりキレイな発音で歌いますよね」
照れたように珠季は笑った。

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「ありがとうございます。恥ずかしながら、意味は全然わかってなく歌ってるんですよ。本当に聞こえたままに音に乗せているだけって感じで」
「ええっ、そうなんですか。それもすごいですね」
「そうでもないですよ。洋楽って、サビの歌詞は同じなので、J ポップに比べて覚える歌詞の量がずっと少ないんです」
洋楽をほとんど聴いたことのないアオには知らない情報だった。
「珠季さんはなんで洋楽を歌うようになったんですか?」
「母が洋楽好きで、小さい頃から家で当たり前のように流れてて。ホイットニー・ヒューストンの真似して、そこからです」
誰だかアオはわからなかったが、へえ、と感心したように返した。
「ホイットニー・ヒューストンで歌の基礎を身につけました。それからマライア・キャリーで音域を広げて、マドンナで表現力を学んで、ジャネット・ジャクソンでリズム感を養いました」
「なんかすごいですね」
「いえ。でもおかげで女性歌手ならすごく低音じゃない限り歌えない人はまずいません」
絶対音感とは珠季のような類の人を指すのかもしれない。聴いていた限り、珠季はかなり音の取りにくいような曲を難なく歌いこなしていた。
ここでアオはふとある疑問が沸いた。

「東澤さんでしたっけ?あの方から珠季さんは流しだと聞きましたが、プロデビューしないんですか?」
少し寂しそうにふっと珠季は笑った。
「したいですけどね。でも私みたいな歌い方ってあんまり日本ではウケないみたいなんですよ。だからと思ってアメリカ行ってみたんですが、向こうなんてもう層の厚さが半端じゃなくて、全くもって通用しませんでした」
「そんな、もったいないな」
「そう言っていただけて嬉しいです。良かったらまた私の舞台、見に来ていただけますか?」
アオは少し身を乗り出してしまった。
「いいんですか?」
「はい、是非。でも私みたいな流しはその辺の居酒屋とかではお断りなので、だいたいいつも今日みたいなイベントですけど、大丈夫ですか?」
声を潜めて珠季はそう言った。
「それはまぁ、気にしません」
自分が普段していることを鑑みれば、それはアオにとって大したことではない。
「では今度の土曜日、この近くのクラブでパーティーに出演するので、来ますか?ダンサーとしても出る予定なんですけど」

(続く)

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