奥様の火遊び-第3話 2870文字 ステファニー

奥様の火遊び-第3話

欲求不満の主婦が一晩の火遊びを体験!

作家名:ステファニー
文字数:約2870文字(第3話)
管理番号:k136

誘われるままに、茉莉子はナツメに身を委ねた。ナツメは茉莉子の指に自分の指を絡ませた。
その仕草が可愛くて、茉莉子は思わず頭をナツメの肩に預けてしまった。
そんな茉莉子の肩をナツメはそっと抱き寄せ、デッキへと誘った。
「わぁー、綺麗。いつも住んでるはずの場所なのに、まるで違う風景に見えちゃう。不思議ね」

深夜の東京湾沿岸部は、彩り鮮やかに瞬く。地上にいてもその様は見える。だが、ビルの上階から見下ろすのと、洋上から直視するのとでは、やはり趣は異なる。ビルのライトと月明かりが共に水面に映り、その揺れが幻想的だ。
「まったくおっしゃる通りで。毎日見ていても、角度を変えただけでこんなに変わるのかと思うと、いかに自分の視野が狭いかを痛感しますよね」

それを聞いて茉莉子は少し笑ってしまった。
「さすが、法科大学院の学生さんって感じの感想ね」
「そうですか。そんな風に言われると、照れますね」
二人は声を出して笑った。
「学校は勉強大変じゃないの?」

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「そうですね。やはり卒業しただけでは仕事にならないですから、国家試験に合格できるよう、頑張ってます。でも学校でやってる内容が試験に通用するのかと言われると、そうでも なくて、結局自分で予備校行ったり、通信受けたりしないと、試験には対応できないんですよ。そこがきついですね。言いにくいですけど、特にお財布に…」

「そうなの…」
過去に夜遊びをしている際、茉莉子は弁護士とも付き合ったことがある。彼らはうんと年上だったから、まだ司法試験改革を経る前に合格していた。皆、今は面倒になった、若い人は これから大変だろう、と口を揃えていた。その大変な目に遭っているのが、ナツメなのだろう。

マジメそうで人当たりもよいナツメが苦労をして、若い頃に親が大金を注ぎ込みなんとか医学部に潜り込んだ夫が大学病院で胡座をかいている。この国に蔓延る社会的な不平等に柄にもなく茉莉子は憤った。
「茉莉子さんの今日のドレス、素敵です。よくお似合いですし、茉莉子さんのセンスの良さをよく表してます」
まぁ、なんとお上手な子なのだろう。妻の着ている物に関心を持ったことなど皆無である夫とは、天と地ほどの差があろう。

「まぁ、ありがとう。嬉しいわ。私ぐらいの年齢になると、衣服を褒めてくれる人なんていないものよ」
「意外です。まだこんなに若くて美しい茉莉子さんがそんな待遇を受けてるなんて、世も末ですよ」
「ありがとう。あなたのお気持ちだけで、私はもうお腹いっぱいだわ」
今夜、着てきたドレスは茉莉子のお気に入りの一着であり、勝負の一枚でもある。ノースリーブのシャンパンゴールドのドレスである。腰がぎゅっとくびれており、その下に円錐型のスカートが広がる。長さはちょうど膝までであり、ふくらはぎの肉付きが美しい茉莉子の脚を際立たせるデザインだ。また、くびれのちょうど後ろに位置する腰元には、大きなリボンが飾られており、ノーブルな中にも小悪魔的な魅力を添えていた。

服に合わせてゴールドに染めた茉莉子の瞼は、夜景と星々に負けじと煌めいた。少し瞳を潤ませ、シルバーラメの入ったレッドルージュに縁どられた唇を前面に押し出す。
「ねぇ、私、アナタに会えて幸せよ」
程よく背の高いナツメの胸に、茉莉子は飛び込んだ。その胸は、スリムな見た目に反してがっしりしており、しっかりと茉莉子を受け止めた。

「ボクもです。茉莉子さんのような素敵な女性にお会いできて、光栄です」
ナツメの柔らかいが、厚みのある大きな掌を、茉莉子は肩回りに巻いたシースルーショールを通して感じた。
安心できる包容力。これを私は求めてたんだ。
夜空いっぱいに輝く星々に見守らながら、茉莉子は全身をナツメに委ねた。ナツメもしっかりと受け止めた。
温かかった。

優しさがあった。
出会ったばかりだというのに、茉莉子はナツメにすっかり心を許している。数年、一緒に暮らしている夫よりもずっと深く。
この瞬間が永遠に続けばいいのに。
いっその事、時が止まってしまえばいいのに…。
もう私は堕ちてもいい。彼と一緒なら。

どこまででも…。
「茉莉子さん、茉莉子さん。フロアに行ってみませんか?いい曲がかかってますよ」
肩をトントンと叩かれて茉莉子は我に返った。
「まぁ、いいわね。覗いてみようかしら」
本心を言えばこのままナツメに寄りかかって夜景を眺めていても良かった。でもそうしてしまうと、そのままの状態で一晩を明かしてしまいそうだし、せっかく誘ってくれたナツメの気分を害してしまうのもイヤだった。もっと距離を縮めるためにも、ここはナツメの提案に乗るのがベストだ、と茉莉子の直感が告げていた。

フロアではダンサブルな洋楽が流れていた。先程、ここを通り抜けた際はクラシックがかかっていたから、随分と趣向が変わったことになる。昔、六本木や麻布のクラブに通っていた頃に耳にしていたような、音階やリズムの難しい洋楽が大音量で流れていた。茉莉子はこの手の曲に詳しくないし、特段好きではないが、不思議と身体を揺らしたくなる衝動に駆られる場合がある。それは決まっていつも、性的な五感を刺激する相手と行動を共にしている際と一致している。

辺り一面、激しく腰を揺らす男女で溢れた。周囲に合わせ、茉莉子の動きも過激になった。
その生真面目な性格を反映してか、ナツメは小さく左右に揺れるに留まっている。そんなナツメに茉莉子はお尻を曲調に合わせてぶつけてみた。ナツメの微笑んだポーカーフェイスが崩れ、声を立てて笑った。その様はとても可愛いらしかった。
素のナツメにもっと触れたくて、茉莉子はナツメの両手を掴んで指を絡ませた。子どものように向かい合って手を繋いだ。

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音楽には全然合ってなんかいなかった。そんなことはどうでもよかった。ただひたすらに茉莉子とナツメは向かい合って、見つめ合って、はしゃぎながら身体をくっつけ合った。そして笑った。
こんなに屈託なく弾けたのは、いつ以来だろう。
こんなに思いっきり笑ったのは、いつが最後だっただろう。

こんなに人目を気にせずに誰かとイチャつくのは、いつぶりだろう。
母親として。
妻として。
義理の娘として。
嫁いだ娘として。
娘のママとして。

歳を重ねると、人はあらゆる肩書きを有するようになる。それをただ背負っていればいいわけではなく、その身分相応の振る舞いを求められる。
堅苦しい。
だが、期待されている態度をとらないと、爪弾きにされかねない。だから演じていくしかないのだ。
息苦しい。
でも、生きていくためには、そのしがらみから逃れられない。

だからこそ、立場や日常を超越した付き合いが可能な、目の前にいるナツメが貴重だ。
顔見知りには見せられない私の素顔を、このナツメには公開できる。
学生時代、理紗とワルをしていた時に感じていた、解放感と背徳感が入り混じったような、スリルの中にある快楽を、再び茉莉子は噛み締めた。

いいんだ。今夜一晩ぐらい。
存分に楽しもう。
「ねぇ、解き放って。あなたのすべてを。今日だけは私に全部捧げて」
茉莉子はナツメに飛びついて、力の限り抱き締めた。
その時だった。

(続く)

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