当て付け不倫の相手は青い目-第2話 3250文字 バロン椿

当て付け不倫の相手は青い目-第2話

結婚して16年、39歳の高沢啓子が香川県高松市に単身赴任の夫を訪ねると、そこには井川遥に似た女がいた。
「あ、いや、い、今、説明するから」と狼狽する夫に「なら、抱いてよ。私だって3ケ月もしていないんだから!」と裸になって跨ったが、ペニスはだらんとしたままで勃起しなかった。
「ごめん。もう止めにしよう」と言われ、啓子は悄然として東京に帰ってきた。
そんな啓子に、心配した親友が「ヨガでもしたら」と誘うと、そこには「カール」というヨーロッパ系の顔だが、細身で髪を後ろで束ねた、いかにも「修行者」といった感じのする外国人の男性が現れた……

作家名:バロン椿
文字数:約3250文字(第2話)
管理番号:k120

不愉快な離婚調停

4月下旬、啓子は家庭裁判所から呼び出されていた。
「調停の件で、午後1時と言われた高沢ですが」と受付で告げると、「お呼びしますから、そこでお待ち下さい」と廊下の椅子を指差された。

勿論、夫は顔を合せないように時間をずらす配慮はされてはいるが、来所する人も少なくなく、そんなところに座らされていると、「あの人、調停に来ているのよ」と晒されているようで、嫌なものだ。雑誌を読んでも何も頭には入らない。
「高沢さん、中にどうぞ」

呼ばれた部屋は会社の会議室のような感じ。テーブルを挟んで調停委員と向き合って座ると、さっそく「結婚した経緯は?」とか、「どうして離婚されるのですか?」、「やり直す気持ちは?」など、矢継ぎ早に質問が飛んでくる。

「事前に出した資料に書いてあるでしょう!」と言いたくなったが、それが顔に出たのだろう。調停委員の一人が気を利かしたつもりで、「こんなことをお聞きして、不愉快とは思いますが、私ども調停委員は、解決に向けて手助けするのが役目なので、お許し下さい」と言い訳がましく言うので、余計に不愉快になってしまった。

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「次回は別途お知らせしますので、よろしくお願いします」
時間にして1時間弱、ようやく解放され、調停室から出ると、控室で待つ夫の姿が偶然目に入った。なんと、あの女も一緒に来ている。
(なんなのよ、あなた!)

啓子は腹立たしい気持ちで一杯だった。
今後の生活費、子供の養育費など、話し合わねばならないことが沢山あるが、そんなことより、幸せな家庭を壊した、あの女が憎い。その女に寄り添う夫はもっと憎い。

(私がこんなに苦しんでいるのに、夜になれば、あの二人は体を交えて悦びを共に味わう……)
いたたまれず、トイレに駆け込んだ啓子は「私にだって、抱いてくれる男はいるわよ!」と胸に溜まっていたものを吐き出していた。

しかし、夫へのあてつけで、相手構わず「抱いて」などと言えば、「ただでセックスさせてくれるバカな女」と言われてしまう。それに、以前は女優の寺島しのぶに似ていると言われたこともあったが、今や洗面台の鏡に映る顔は酷くやつれている。

20代の頃は「寺島しのぶに似ている」と言われたこともあったのに、今はもう39。色恋をあれこれ求める年でもないのか……実際、周りを見ても、くたびれた中年男しかいない。「抱かれたい!」男なんか、夢か小説の世界にしかいない。
現実に引き戻された啓子は足取り重く、家庭裁判所を後にした。

友の気遣い

「さあ、今日もお客様へのご挨拶、『いらっしゃいませ!』、明るく、大きな声で、いいですね」
5月、ゴールデンウィークはスーパーでも書き入れ時。売場主任として働く啓子は朝から気合が入っていた。

読者の皆さんもよくご存知のように、店長を含め、管理職は殆どが男性だが、スーパーは女が働かなくては回らない職場だ。だから、突発に休む女がいても「君島さん、ダメだよ、休む時は事前に言ってくれないと」と叱っても、「だって、あれなんだもん、係長さん」なんて、男性管理職の言うことは聞きはしない。

こんな時は、「ダメじゃないの。君島さん。無断欠勤だから、お給料から引きますよ」とビシッと言うのが、女性管理職の啓子の役目。そこで、ついたあだ名が「鬼の高沢おばちゃん」と、ありがたくない名前だ。しかし、仕事だから、いい、悪いは言ってられない。

「小池さん、商品の並びが乱れてたわよ」
「す、すみません。今、直しますから」
「もう直したわよ」
と今日も「鬼の高沢おばちゃん」は厳しい。

だが、叱る方も辛い。「ふぅ……疲れた」と啓子が休憩室に入ってくると、若い女の子たちは〝さわらぬ神に祟り無し〟とばかりに「お先に失礼します」と消え、残っているのは、「ははは、そうだろう。俺もそう思ったんだよ」と、くだらない噂話に盛り上がる中年オヤジと、「うちの人ったら、飲んでばかり。イヤになっちゃうわ」と亭主の愚痴をこぼすオバサンばかり。

そんなことばかり聞かされると、お弁当を広げてみたものの、美味しくもない。そこに、「怖い顔をしているわよ」と肩を叩かれた。振り向くと、仲良しの加藤(かとう)智子(ともこ)だった。彼女は向かい側に座ると、お弁当を広げながら、「私も経験があるから分かるけど、みんな、あなたの顔色を気にしている」と言いにくいことを言ってくれた。彼女は啓子よりも3歳年上の42歳。同じ主任だから、素直に聞ける。

「すみません。ついつい苛々しちゃって」と謝ると、「いいのよ、私も経験あるから」と言ってくれた。彼女は啓子の悩みを知っている。啓子も愚痴をこぼしたい。あれこれ打ち明けると、「調停って嫌なものよね」と、自分の体験談を交え、気遣ってくれた。

そして、一緒にお弁当を食べていると、苛立ちも消えてきた。その気持ちの変化を感じ取ったのか、「ねえ、ヨガっていいらしいわよ」と智子が思わぬことを勧めてくれた。
「ヨガ?」
「そう、ヨガよ」

結婚前は夏はテニス、冬はスキーと、スポーツが大好きな女の子だったが、結婚してからは子育てに追われ、それどころではなかった。もうすっかり体が固くなっているから、ヨガなどとても無理。
しかし、「今は何をしてもおもしろくないでしょう。だから、心までリフレッシュすることが必要なの。それにはヨガが一番よ」と背中を押された。

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ヨガ教室で

「ついていけるかしら?」
「大丈夫よ、基礎から教えてくれるから」
智子の勧めでヨガ教室に通うことにしたものの、受付で入室申込み書を書く段になると、啓子は躊躇ってしまった。
もともと体が固い上に、受付の壁に貼ってある数々の基礎ポーズを見たら、とても出来そうにない。「鬼の高沢おばちゃん」も、ここでは単なる「びくついたおばちゃん」でしかない。

ところが、そこに、「ハーイ、トモコサン」と、ロシアのフィギュアスケート選手のプルシェンコに似たインストラクターが現れた。すると、智子が「ハーイ、ミィシャ」とハイタッチしている。

普段は物静かなのに、ここでは別人のような智子。裃(かみしも)を脱ぐから、リフレッシュできる……あ、そうなのかと悟った啓子は書類に「高沢啓子」と力強く書き込むと、「お願いします!」と受付に差し出した。

「じゃあ、頑張って」と智子は上級者も混じるアドバンスコース、インストラクターは勿論「プルシェンコ」似のミィシャ先生、「はい」と啓子は初心者向けのベーシックコース、インストラクターは「牧由美子」と言う名の女性。

しかし、思った通り、体が固くて、大変。「はい、それでは息を吸って……そのまま前に体を倒して」の声に合わせて、柔軟体操が始まったが、それも満足に出来ない。「手伝ってあげましょう」とインストラクターに背中を押されたが、それはありがた迷惑。「あ、いや、まっ、待って下さい……」と情けない声に、自分でも嫌になる。

だが、改めて、周りを見ると、勿論、スレンダーで「素敵!」と言う人もいれば、自分のようなぽっちゃり体型もいるが、それどころか、下腹部は膨らみ、レギンスが食い込むような人もいる。そんなレッスン生らはとにかく一生懸命にインストラクターについていく。

それなのに、啓子はほとんどついていけない。そこを「はいはい、諦めないで」と励まされ、体がようやく解れたところで、「それでは息を吸って……吐いて」と、いよいよヨガのレッスンに。

だが、これが、それまでに輪をかけ辛い。
「じゃあ、基本的なポーズを」と牧由美子先生が手を両脇に揃えて立つポーズ、そこから両手を天に向けて併せて背伸びし、次は頭が床に着くほどに体を折り曲げる。

啓子も他の初心者も「凄―い」と感心するが、簡単に出来るものではない。特に体が固い啓子は指先さえなかなか着かない。それを牧先生は見逃さず、「もう少し、もう少しよ」と、指先が完全に着くまで止めさせてくれない。
だから、1時間のレッスンが終わった時、思わず、「ふぅぅ……」と息を吐いてしまった。しかし、智子が言っていた通り、心も体もリフレッシュしていた。

(続く)

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