女豹の如く ファイナル-第2話 2800文字 ステファニー

女豹の如く ファイナル-第2話

二十歳を迎えたひろみに、数々の試練が降りかかる。

作家名:ステファニー
文字数:約2800文字(第2話)
管理番号:k115

「早いですね」
茶色に染めた長髪を後ろで一つに束ねた背の高い男と、赤毛の体育会系な顔立ちをした男が入ってきた。二人ともやはりスーツ姿だ。
「あれ?ヒカルさん、お客様連れですか?」

長髪男がひろみを見た。ひろみは思わず肩を竦めた。
「違うよ。ちょっと雨宿りしに来ただけ」
「へぇ、誰ですか?」
ドクン、と心臓が鳴るのをひろみは感じた。ヒカルはひろみに向け小さく唇の前に人差し指を立てた。

「僕が通ってる病院の受付さん」
「そうですか。失礼しました」
二人の男はあっさりと引き下がり、どこかへ引っ込んでしまった。
「あのっ、私、何か注文しなくて大丈夫なんですか?」

ここがどういう店なのか、ヒカルが何をしている男なのか、いくら田舎出身の娘といえど、さすがにひろみは理解できていた。だからこそ、どうやって繋ぎ止めればいいかも、浅薄ながら知恵を絞った。
「気にしないでいいよ。ただ、四時までだからね」

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ここで別れたら、また手の届かない所へ行ってしまうのではないか。せっかく再会できたのに。客ではなく、少し特別な何かとして、ここに私はいるのに…。四時までなんて、言わないで。私はシンデレラなんかじゃ満足できない…。

「ヒカルさん、コレで私、貴方を買います」
それは先程、山下から渡された札束だった。先月分の給料と先日の田中対応料金、及び夏のボーナスも入れて100万が支給された。
「凜音さん、僕は受け取れないよ」
「どうしてですか?ホストクラブはお金を出せば遊べる所じゃないんですか?」

ヒカルは首を横に振った。
「ホストクラブはお客様が喜んだ対価としてお代をいただいているんだ。今、僕は凜音さんを助けたけど、喜ばせてはいない。さらに言えば、凜音さんが喜ぶようなパフォーマンスを僕はしてやることもできない。だからそのお金を受け取る資格がないんだ」

心のうちを見透かされているように感じ、ひろみは恥ずかしくなった。王子様とのご縁もここまでか、と思われた時、奇跡はまた訪れた。
「ヒカルさん、掃除始めますけど、いいですか?」
どこかへ引っ込んでいた二人が、掃除機とモップを片手に出てきた。
「あっ、悪い。すぐここどくわ」

ヒカルはひろみにソファから立つよう促した。立ち上がったひろみの手を引き、ヒカルは店のエントランスへと出た。来た時にひろみは気がつかなかったが、そこにはホストたちの写真が立て掛けられている。もちろんヒカルの写真もある。売り上げナンバー1の称号とともに。

「凜音さん、今日はちょっとだけサービスだよ。初回だからお代は不要にしとく」
二人はやって来たエレベーターに乗り、上階へと向かった。
屋上の庇がある箇所に、ひろみとヒカルは所狭しと並んだ。雨音をかき消すようにヒカルはぽつりと話し出した。

「僕はね、宮城県の海沿いの小さな町で生まれたんだ。両親は僕が小さい時に離婚して、僕は三つ上の兄と一緒にほとんどの時間を保育園か、ばあちゃんの家で過ごしてた。すごく貧しかったけど、でもとても幸せだった」
美しく華麗なヒカルからは想像もできない逸話に、ひろみは面食らった。

「だけどそんな幸せな時間は長くは続かなかった。……震災が、………津波が、僕の家族を引き裂いたんだ」
東日本大震災。静岡に住んでいたひろみでさえ、混乱した被災地の様子をテレビで見て、子どもながらに慄いたものである。

「母と兄は亡くなってしまった。遺体が見つかったのは、地震の半年後だった。もう十数年前の話だけど、いまだに二人の死に顔は忘れられない。その瞬間から僕はまだ幼児だったけど、ひとりぼっちになってしまった」
降り頻る雨は止む気配がまだない。ひろみはヒカルの横顔を見つめた。

「幸い祖母は無事で、僕はそれから祖母に育てられた。祖母も裕福ではなかったから、僕を養っていくのにうんと苦労したんだ。だから幼いながらに僕は早くに決意してた。絶対、大きく稼いで祖母に恩返しするって」
ヒカルはひろみの目を見てそう言った。その瞳は少し寂しそうだ。

「僕は高校を卒業してすぐに上京した。芸能界に入ろうと考えたんだ。でも僕は演技も音楽も才能がなくて、芸能人にはなれなかった。そんな僕を救ってくれたのがこの店だった」
曇り空の中、弱く茜色の光が差し込んだ。ヒカルはそこを見上げた。

「お客様は年配の女性が多くて、死んじゃったお母さんに重ね合わせてお話するのが楽しくて、気がついたら僕はこの店で一番人気のホストになってた。メディアにも取り上げられたりして、憧れの芸能人に近づけた気がして、本当に嬉しかった。おばあちゃんにお金を送って、故郷にも寄付して、まるでスター気取りだった。でも僕はわかっていなかった。自分が慢心しているってことに」

靖国通りだろうか、ウィークエンドの「Save your tears for another day」を爆音でかけている車が走っている。
「僕はね、お客さんに売り上げ金をドロンされちゃったんだ。それも5000万円も」
ヒカルは苦笑いしながら言った。

「僕は人を見る目がなかったんだ。そのお客様は身なりがとても綺麗で、会社社長だと名乗ってた。羽振りも良くて、高いお酒を何度も頼んでくれた。すごくいいお客様がついたって、思い込んでた。今思えば、毎回高額のツケをしていく時点で気づくべきだった。身辺調査ぐらい、なんでしておかなかったんだろう、って」

気持ちひろみはヒカルから顔を背けた。
「僕は売れっ子ホストから一気にピンチに陥った。でもそれを救ってくれたのも、またこの店だった」
突如、晴れ間が射し込み、お天気雨になった。

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「店長は僕を解雇しなかった。少しずつ売り上げから返してくれればいいって言ってくれたんだ。それと稼げる副業も紹介してくれた。それが山下さんの会社だった」
すべてに合点がいった、とひろみは内心思った。

「それでもまだまだ借金は残っているけどね。ただいろんな人の温情で、僕は今もここでこうしていられる。感謝しかないよ」
雨は急激に弱まり、いつの間にか晴れ空だけが残った。二人は庇から出た。
「だからね、凜音さん、僕は誰よりもお金の大切さがわかる。凜音さんにもその大切さをわかって欲しいんだ」

雲が退いたことで、新宿の高層ビル群が美しく夕焼けを浴びて輝いている。
「それと凜音さん、僕はキミをシンデレラにしてやることはできない」
ヒカルはひろみに背を向けたまま、呟いた。

「わかってるよ。凜音さんにとって、僕は特別な男なんだろうとは。初めての相手だしね。でも僕は凜音さんのための王子様じゃない。ホストクラブ“シンデレラ”のヒカルであって、男優のヒカル。それ以上でもそれ以下でもないんだ」
欄干に背中を預けた格好で、ヒカルはひろみの方を向いた。

「いつでも会いたくなったらここに来ていいよ。ただ他のお客様とは平等だからね。それとこの店では僕の副業については触れるのは厳禁だよ」
ひろみは無言のまま頷いた。歯を食いしばっているのを見られたくなかった。
「さあ、もうすぐ四時。お開きの時間だよ」

(続く)

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