女豹の如く ファイナル-最終話 4080文字 ステファニー

女豹の如く ファイナル-第8話

二十歳を迎えたひろみに、数々の試練が降りかかる。

作家名:ステファニー
文字数:約4080文字(第8話)
管理番号:k115

多くの人にとって、今日という日もなんの変哲もない一日なのだろう。誰かにとって節目となる日であっても。歌舞伎町の街に響いているBTSの曲が、ひろみにとってひどく耳障りだった。あんなに好きで聴いていたにもかかわらず…。

「社会人になってもそれは変わらなかった。むしろもっと露骨に傷つけられた。会社の同期の子が結婚していく度に、売れ残り非モテキャラを演じさせられて。私だって好きでこんな容姿なわけじゃない。勉強も仕事も人並み以上にできるのに、誰もそんなこと評価してくれやしない。不条理が歯がゆかった。いい歳して、未婚どころか交際歴も男性経験もない。みんなが、社会が、世界が、私を嘲笑っているようにしか感じられなかった。やがて私は思ったの。奪われないなら、自分から捨てに行けばいいって」

山下はひろみを見た。その目はスーパーの魚売り場に並べられた秋刀魚や金目鯛のようだった。
「私はあるデートクラブに登録した。年齢は少しサバを読んで、処女をアピールした。でも無駄だった。私はいつも待機場所でみんなのお見送りに徹しているだけだった」

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大学に進学して、就職して、それだけでひろみには山下が立派に感じる。にもかかわらず、悲壮感が漂うのはなにゆえか。まだ若いひろみには理解しきれなかった。
「それでも毎晩のように私はデートクラブに入り浸った。僅かな期待に望みをかけたかったのかもしれないし、表向きとは違う異次元に片足を突っ込むことで、本来の職場で同僚たちと差別化を図りたかったのかもしれない。ただ、そこに通ったことが私の人生を大きく変えたことは事実ね」

もう一度天井へと目線を移し、山下は続けた。
「居残りを毎晩続けるうちに、私は事務所の雑用全般を手伝うようになったの。最初は掃除や買い物、そのうちに入力とか計算とかの事務仕事も任されるようになって。さらに、スタッフの女の子たちとも打ち解けていって、彼女たちの相談にも乗るようになった。時にはオーナーと女の子たちの架け橋にもなって、トラブル解決に奔走したりもした。そうこうしているうちに、私は事務所内の誰からも信頼される存在になってた。そんな時だった。オーナーに末期ガンが見つかったのは。私はオーナーから後継者に指名されて、昼間の仕事を退職した。それがこの事務所の始まりよ」

晩夏の陽光が古びた部屋に射し込む。数々のドラマが繰り広げられた舞台を表すかのようだった。
「不純な動機で足を踏み入れたこの世界だったけど、私はそれなりの使命感を持って仕事に臨んだ。とにかく女の子たちの職場環境を整えたい、その一心だった。こんな業界だけど、辛い想いで働いて欲しくない。だから私は相手に何を言われようと、現場で働く女の子が有利になるように福利厚生を交渉した。虐待まがいの業者には、容赦なく喧嘩を吹っ掛けた。その女の子の特性に合わせた職場を斡旋して、その子にとって最高のパフォーマンスを引き出せるパートナーとしか映像を撮らせなかった。そうしているうちに、いつの間にか私は歌舞伎町の裏女帝なんて異名がついてた」

最高のパフォーマンスを引き出せるパートナー…。自分にとってのヒカルか…。ひろみは拳をぎゅっと握りしめ、唇を噛んだ。
「だけど、それも今日でおしまい。全部、全部、消えてなくなっちゃった」
山下はひろみに向き直った。

「田中のことは本当にごめんなさい。あなたにすごく嫌な思いをさせてしまって、申し訳なかったと、反省してます。でも、これだけはわかって。私は、田中が払った料金のほぼ全てをあなたに渡してた。私が受け取ってたのは手数料程度よ」
嘘はなさそうだった。別に今更、どうでもいいことではあるが、ひろみはうん、うん、と頷いた。

「田中のことは、安心して。あなたを追えないように野見さんが手配するから。野見さんはね、すごい人なの。表社会にも裏社会にも顔が利いて、その筋のトップにコネがあるのよ。だから田中みたいな、ピンのチンピラ如きは簡単に葬れるわ。なんだかんだでブタ箱にぶち込むよう、お願いする。ちなみに田中は全身癌だらけ。刑務所に入れば一年と持たない身体よ。だから安心しなさい。あなたは金輪際、田中と関わることはないから」

「はい、ありがとうございます」
「それともう一つ。ヒカル君にもよろしく言っておくから」
はい、と返事をしようとしたが、ひろみは声が出なかった。
「気持ちはわかるけど、悪いことは言わない。彼の店にも足を運んじゃダメよ。あなたはここにはいなかったし、ヒカル君とも無関係だったことにするから」

無関係。
わかっている。山下は自分を守るためにそうしてくれているのだ、と。それでもひろみの胸に虚しさが込み上げる。
山下の携帯がバイブし、液晶画面をタッチした。
「野見さんからよ。あなたの部屋をチェックしたって。忘れ物はないそうよ」

事務所の扉を開け、山下はひろみに出るよう促した。
「さあ、行きなさい。もうあなたは凜音さんじゃないのよ」
ひろみは瞳の奥が熱くなるのを感じた。とうの昔に置いてきたはずの涙が頬を伝わっていたのだ。
「ありがとうございました」

「こちらこそ。とにかく身体を大事にしてね。職探しは出血が落ち着いてからになさいね」「はい」
「さあ、急いで。警察が来ないうちに、行くのよ」
一礼をしてひろみは踵を返した。そしてそのまま振り返らずに駅へと向かった。

さよなら、歌舞伎町。
さよなら、新宿。
さよなら、東京。
さよなら、いちご企画。
さよなら、ヒカル………。

歌舞伎町の事務所を後にし、ひろみは一目散に新宿駅へと向かった。行先の宛はなかったが、中央線の東京方面に飛び乗っていた。そしてそのまま終点まで行ってしまった。
長いエスカレーターを降りて、たくさんのホームを見ても、結局たどり着いたのは東海道新幹線のホームだった。別に帰りたいとは思わないのに、新幹線こだまに乗車し、気づいた時には浜松駅に着いていた。

着の身着のまま、大荷物を抱え、炎天下の駅前をひろみは彷徨った。行き交う人たちに比べると、明らかに派手な身なりであろう。この時のひろみは浮いていて、異様であったに違いない。
「あれぇ、ひろみかな?」

ひろみはビクッとして後ろを振り返った。ショートカットで背の高い、丸い瞳をした女性がそこにはいた。中学時代までの親友、和田理恵であると認識するまでにそんなに時間はかからなかった。
「すごい久しぶりだね。なんか随分、大人っぽくなっちゃったね」

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アルタで購入したレオパード柄のキャミワンピースにパールのついたトングサンダルを履いたひろみは、そう言われて恥ずかしくなった。下部を緩く巻いた髪を手持ち無沙汰に弄んでしまった。
「ねぇ、ひろみ、時間ある?ちょっとお茶でもしようよ」

二人はマクドナルドに入り、シェイクを注文した。まるで中学生の頃と同じように。ここ最近はスターバックスやゴンチャといった小洒落た店でばかりお茶をしていたひろみは、少し懐かしく思えた。
「いつぶりだろう。高校入る前が最後かな?」

ひろみの向かいに座ってシェイクにストローを刺しながら理恵は言った。
「多分、そう」
理恵はバスケ部のエースだった。県内にある強豪校に進学し、インターハイを目指すために寮生活を選択した。最後に会ったのは入寮する直前だった。対面したのはそれが最後だったが、ひろみはその後も何度か理恵を遠くから見ていた。県予選を訪れていたのだ。高3の夏、見事、出場を決めた決勝は今も目に焼きついている。インターハイは県外のため、応援には行かれなかったが。

「理恵、バスケはどうしたの?オリンピック目指すって言ってなかった?」
まさか、と言って理恵は笑った。
「インターハイは出たけど、うちの学校は初戦負け。しかも私は出番もなかったから、どこからのご指名もいただけず、高校卒業と同時に引退。今は専門学校生やってます」

意外だった。理恵は勉強はひろみ同様、得意ではなかったが、スポーツは万能で学校内でも目立つ存在だったからだ。
「でもこうして久しぶりにひろみと話せてよかったよ。思い出すね、よくここでこうしてお茶してた日々を」
ジーンズにTシャツでスニーカー履きの理恵は、あの頃とそう変わっていないように見える。対して自分はどうなのだろう。この一年半、してきたことを考えると、ひろみは急に恥ずかしくなった。ミニスカートから出る生足を、ひろみはぎゅっと閉じた。

「ひろみは高校卒業してから何してたの?」
少し沈黙してから、ひろみは口を開いた。
「長い家出をしてた。でも今、戻ったところ」
「何、それ?」

ひろみの逡巡など構いもせずに理恵はケラケラと笑った。その態度はひろみを少しホッとさせた。
「ひろみはこれから何するか決めてないの?」
これからどころか今晩どうするかすら決まっていない。ひろみは黙った。
「することないなら一緒に働かない?私、来年の春からひろみのおばさんが働いてる施設に就職するんだよ」

理恵は福祉関係の専門学校に通っており、介護士として浜風荘への就職が決まっていた。衆知の通り、介護業界は人手不足であり、理恵は定職に就いていない友人を見つけてはスカウトをして回っているというのだ。
「ひろみと一緒に働けたら、私、嬉しいな」

「でも私は専門学校なんて行ってないよ」
「大丈夫。学校出なくても、講習受ければ働けるよ。10月からのコースなら、まだ間に合うしね」
理恵と一緒に働く。しかも母と同じ職場で。去年のひろみなら忌まわしく思っただろう。でも、今はそれも有りだな、と思える。
「そうだね。前向きに考えてみる」

「やったぁ。よろしく頼むよ」
仕事を一緒にしたいと言ってくれる友人がいる。それだけでひろみは自分の居場所がここにあると実感できた。長い旅路を経て、やっとひろみは自分の生きるべき道を見つけられたのかもしれないと思った。理恵と、母と、協力しながら郷里で小さく生きていく人生。それもあながち悪くはない。今晩、あの狭いアパートに帰ろう。母にただいま、と言おう。東京で貯めた端金で、もう少しいい部屋に移ろうと提案しよう。そして心配かけてごめんね、と伝えよう…。

(終わり)

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