闇の男-第22話 3650文字 バロン椿

闇の男-第22話

日本の夜の世界を支配する男、武藤甚一(じんいち)と、それに立ち向かう元社会部記者、「ハイエナ」こと田村編集長らとの戦いを描く、官能サスペンス長編。

作家名:バロン椿
文字数:約3650文字(第22話)
管理番号:k077

横田副署長がそんなことを考えていると、「心配するなよ」と田村の声が聞こえてきた。
「この情報を掴んできた成田は映画のプロデユーサーもやっているから、奴は港湾内での撮影許可を取っている。だから、直ぐにライトもつけっ放し、カメラも回し放しにできる。こうしたら、皆川トランスポートであっても勝手なことは出来ないぜ」

(なるほど、マスコミらしいやり方だ……)

「奴らが港に来たら、カメラで撮って、インタビューでも何でもしてしまう。こうすれば、奴らも無茶はできない。万が一、暴力でも振るえば、所轄に電話するから、容疑はなんでもいい。しょっ引いて、家宅捜索すればいい。必ず何か出てくる」
乱暴と言えば乱暴だが、十分に勝算のある作戦だ。考えたこともなかった。さすが田村だ。

「よし、分かった。了解だ」
「じゃあ、やるぜ」
「頼む」
横田副署長はこれで「ありがとう」と電話を切るつもりだったが、「横ちゃん、話はまだあるんだ」と田村の笑い声が聞こえてきた。

ストッキング01

(こいつ、まだ何か企んでいるのか。さっさと借りを返せということか……)
新しいタバコを取り出し、「全く『ハイエナ』だな、村ちゃんは。ただでは起きないってことか」と皮肉混じりに言うと、「さすが、横ちゃん、察するのが早い」と間髪入れずに返ってきた。

負けたよ、あんたには、と苦笑いした横田副署長は、「お世辞はいい。さっさと言え」と受話器に向かうと、田村は口調を変えて、
「空の件だが、プロの担当官でも見逃すことはある。一度、出国審査を潜り抜けてしまうと、搭乗待ちエリアはなかなか広いから、捕らえるのが難しくなるだろう。そこで相談なんだが、俺たちマスコミにもこの搭乗待ちエリアへの入場パスを臨時発行してくれないか?」
と要望を伝えてきた。
だが、これは無茶もいいとこだ。出国審査後のエリアは「国外」と同じ扱いで、一般の人の立ち入りを厳しく制限している。

「あそこをマスコミに開放しろというのか?それは出来ない」
「そこをなんとか、無理を承知でのお願いだ。俺たちマスコミにとって、武藤を捕まえるのは特ダネには違いないが、今回はそんなことは求めていない。横ちゃんも知っての通り、俺たちはこれまで何度もあいつには嫌な思いをさせられてきた。だから、なんとしても捕まえたいという気持ちは警察以上に持っているんだ。搭乗待ちエリアに余すとこなく記者たちを配置して、あいつを見つけ出したい。それだけだ」

電話を通じて田村の思いがビンビンと伝わってくる。
多数の警察官が張り込んでいれば、武藤を掴まえられる。
だが、日本全国の空港にそれだけの警察官を張り込ませることは不可能だ。
だから、必ず穴ができる。
武藤はそこをついて、香港に逃走してしまう。

「村ちゃん、あそこは非常に重要なエリアだ。俺の一存では出来ないが、なんとか許可をお願いしてみる。その代わり、カメラは絶対に持ち込むな。分かってくれるか?」
「ああ、横ちゃん、約束事は必ず守らせる」
「よし、それでいこう!」

これで貸し借りなし。
こうして、これからも無いであろう、警察にマスコミも加わった、海と空の、武藤らの香港への「逃走ルート」潰しが固まった。

海外は絶対いや!

11月下旬、涼しいと言うより肌寒い季節。
橋本世津子は、ここ2週間ほど、どこにも引きだされることなく、大きな屋敷に監禁されていたが、久し振りに姿を見せた武藤から、突然、「海外に連れて行ってやる」と言われた。

「えっ、海外?」
「そうだ、嬉しいだろう。向こうで、旨いものを食ってのんびり過ごす。こんな小せえ国にいるより、よっぽど面白いぞ」
彼はそう言ったが、それは、どこかの国に売り飛ばされ、二度と日本に帰ってこれないこと……覚せい剤を打たれ、頭がはっきりしないことが多いが、これは分かる。

セクシーブラショーツ一覧01

「許して下さい、それだけは……」と世津子は武藤の足にすがりついたが、「ははは、何を嫌がっている。団体旅行だ、団体旅行。楽しいぞ」と全く取り合わない。
それどころか、「つまらないことは忘れて、生まれ変わるんだ」と新しいパスポートを投げて寄こした。
「今日から小林(こばやし)洋子(ようこ)だ。よく覚えておけ」

先週、化粧で目元を変えられ、髪は赤く染められた。
一目では、世津子だとは分からない。
その上、名前は小林洋子だと。
このままでは「橋本世津子」はこの世から抹殺されてしまう。

なんとかしなくてはいけないが、監視されているから逃げ出すことなんか絶対に出来ない。
「近いうちに迎えに来るから、楽しみにな。あははは」
武藤が帰って行くと、絶望した世津子は「助けて……」と泣き崩れていた。

同じ頃、京都府舞鶴では、各地から女たちが集められていた。
「寒いなあ」
「おい、ドアをしっかり閉めろよ」

室内は石油ストーブが焚かれていたが、ドアの隙間から風が吹き込んでくる。
東京よりも一段も二段も寒く、朝晩は気温5度を下回ることも珍しくない。
皆川トランスポートの舞鶴営業所は港から車で5分程のところにある。
表向きは中古自動車を中国、ロシア向け輸出を生業としているが、裏ではそれら向けに女の斡旋をしている。

「10分前だぞ。そろそろ行くから、小屋から女を連れて来い」
「了解です」
集められた女たちの多くは借金の形に風俗に身を落とした者だが、その中に、木村茜がいた。
彼女はこうした女たちの監視役兼教育係だったが、別府で武藤の逆鱗に触れてしまい、ソープに送られたあげく、ここに連れて来られていた。

どんな気の強い女でも、「気持ち良くしてやるよ」と覚醒剤を打たれたら、もうどうでもよくなってしまう。
事実、女たちはここに連れて来られる前から謂わば「シャブ漬け」にされ、昨日も、一昨日も一発注射を打たれ、ハイになったところで中国人やロシア人とセックスをさせられた。
その挙句、東京のセレブだった榊(さかき)雅代(まさよ)はアレクセイ・ロシモフに、同じく札幌の橘(たちばな)ゆかりはウラジミール・セルゲイに気にいられ、ウラジオストック行の船に乗せられることになってしまった。

木村茜はどこに売られるか分からぬが、おそらく、香港かマカオだろう。
だが、これまで武藤の配下の一員として、数々の悪行に加わってきた茜は「このまま売り飛ばされるなんて、まっぴらよ」と逃げ出すチャンスを窺っていた。
ガチャッと鍵の外れる音がして、男が小屋の戸を開けると、中の女たちは一斉に「寒っ……」と身を縮めていた。

無理もない。
外は小雨が降り、今にも雪が降りだしそうな気配にやむを得ないが、男は容赦なく、「さあさあ、お客さんがお待ちかねだ」と女たちを急き立てる。
(何よ、威張りくさって……)

茜はカチンときたが、下手に騒いで殴られてもつまらない。
ここはじっくりチャンスを待とうと、他の女たちと同じように黙って小屋に横付けされたマイクロバスに乗り込んだ。

「さあ、行くぞ」とバスは走り出したが、精気を失った女たちは一様に押し黙っていた。
しかし、舞鶴港の灯りが見えてくると、覚せい剤の影響で感情の起伏が激しくなっているから、「嫌です、嫌です。お願いだから、帰して、帰して……」とほとんどの者が泣き出してしまう。
だが、男たちは同情するどころか、「諦めなよ。もう決まったことだ。それより楽しまなくちゃ。香港、マカオ、上海、ウラジオストック。いいぞ、中国、ロシアは」と嘲るように嬲るばかりだった。

ところが港内に入り、貨物船が見えてきた時、急に車に向けてスポットライトが当てられ、「ま、眩しいな、バカ野郎!」とブレーキを踏むと、「いやあ、皆さん、どちらにお出かけですか?」とマイクを持った成田記者がカメラマンを連れて車の前に飛び出してきた。
「や、やめろ。何者だ、お前は!」と助手席の男がドアを開け、成田記者に掴みかかったその時、茜は男の脇をすり抜け、道路に飛び出した。

「あ、待て、逃げるな、このアマ!」
慌てた男が成田記者を掴んでいた手を離し、茜に飛びかかったが、ちょうどそこに走ってきたトラックが二人の体をダーンと弾き飛ばしてしまった。
「ああ、なんてことだ……」
成田記者とカメラマンが駆け寄った時、道路に叩きつけられた茜は頭から真っ赤な血が流れていた。

そこに、物音を聞きつけた港湾作業者たちが「おい、何だ?」、「どうした?」と集まり、マイクロバスは動けなくなってしまった。
「クソッ、バカ野郎が…」
運転していた男がそう吐き捨てるように言った言葉を聞いた作業者の一人が、「お前、なんてことを言うんだ」と詰め寄り、彼ら悪党たちも逃げ出せなくなってしまった。

そこに通報を受けた救急車、パトロールカーが次々と到着し、茜は担架に乗せられ、運ばれて行ったが、もう既に虫の息だった。
また、駆け付けた警察官らによってマイクロバスの女たちは保護されたが、そこには橋本世津子の姿はなかった。
だが、成田記者らが撮った映像を見て、不審に思った警察が皆川トランスポートの舞鶴営業所などを家宅した結果、この地で人身売買が行われていた証拠を掴み、悪党たちは一斉に逮捕された。

(続く 次回最終話)

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