声でイカせて-第8話
今をときめく声優たちの性遊生活を描く。
作家名:ステファニー
文字数:約2670文字(第8話)
管理番号:k105
『天狗の鼻』は思った以上の大反響となり、キャストたちは一躍、時の人となった。主要メンバーを演じる相庭とリラはバラエティ番組やナレーションにも多数出演し、以前よりも格段に多忙となっている。
さらにリラは『愛ライブ』でもオファーが殺到しており、音楽番組とライブ活動で大活躍を見せている。今や相庭以上に世間的な知名度は高いほどだ。
対して瞳は、相変わらず声優としての活動がぱっとせず、副業を継続しているらしい。
「あ〜、気持ちよかった。今日も最高だったよ」
刀を抜いた相庭を伴って、瞳はベッドになだれ込んだ。
「ねぇ、相庭君、次は『呪いの廻戦』なんでしょ」
妖しく笑いながら瞳は相庭を突っついた。
「まぁ、端役ですけど」
「ヒロインはさくらちゃんじゃないの」
さくらはヒロインの白百合を演じる。
「自分は出番のそう多くない端役なんで、さくらさんとはそう絡みないです」
顔合わせでは挨拶をしたが、まるで初めて会ったかのような扱いを受けた。これには相庭はホッと胸を撫で下ろした。
「いいなあー、人気者は。リラちゃんもだけどさ」
リラの名前を出され、相庭は少しドキッとした。
「『天狗の鼻』で一緒でしょ。リラちゃん、元気?」
「まぁ、そうですね」
相庭は悟られぬよう、素っ気なく答えた。
「あーあ、みんなどんどんスターになっちゃう。それに引き換え私は、三十路目前だっていうのに、全然進歩してないや。もう辞めちゃおっかな、声優」
「辞めてどうするんですか?」
「田舎帰る。そんで介護でもやるかな」
「そんな、もったいないですよ」
「何が?」
珍しく瞳は真顔だった。確かに、何が理由でもったいないと相庭は口にしたのか、自分でもわからない。
「ごめんなさい。瞳さんの人生は瞳さん自身が決めることですよね」
「そんな謝らなくていいから」
そう言って瞳は笑った。だが、相庭は笑えなかった。
瞳が声優業を離れて、介護に従事するとしても、それを反対する権利などない。むしろ、瞳にとって、介護職に就いた方が将来は明るいのかもしれない。
「ねぇ、それより、クリスマスは予定あるの?」
「『渋谷リベンジ』の撮りが入ってます」
正確には『渋谷リベンジ』のアフレコが夕方まで入っている、である。夜はすでに別用で埋まっており、探られたくない。
「『渋谷リベンジ』か。相庭君、総長のマッキー役だったよね。あれもすごくいいよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、マッキーでもう一発、イッてみよっか」
瞳は爆乳を相庭の頬に押し付けてきた。相庭はとろけるように自我を失っていった。
————
クリスマスの夜。
スイートルームに招き入れたリラを相庭はきつく抱き締めた。リラも細腕を相庭の背に回し、背伸びをして相庭に抱きついた。
「リラちゃん。メリークリスマス」
高岡彰義で相庭はリラに囁いた。
「メリークリスマス。航君」
リラも寒露寺綾美で返してきた。
「ねぇ、とっておきのプレゼント、持ってきたから、見てくれる?」
一旦、相庭から離れ、リラはロングコートを脱いだ。現れたのは、赤チェックのミニスカートにセーラーカラーシャツで『愛ライブ』の衣装だった。帽子を取ると、リラが演じるリンカのトレードマークでもある、高めのツインテールに赤いチェックのリボンが出て来た。
「すごい。リンカちゃんだ」
「愛ライブ♡」
左手でハート型の片方をリラは作った。作中では、リラの演じるリンカとさくらの演じるレンナの双子姉妹が「愛ライブ」と言いながら、右手と左手を合わせて二人で一つのハート型を作る。ライブでは、リラとさくらが実演し、それがオタクたちの心を射抜いている。
相庭は右手を丸め、リラとハート型を作った。途端に二人はふふっ、と吹き出してしまった。
「衣装、着てきて大丈夫なの?」
「ダメに決まってるじゃん。だから内緒だよ」
「そっか、汚さないようにしないとね」
「うん。来週は紅白で使うしね。まぁ、すぐ脱いじゃうだろうけど」
リラは含み笑いした。
「でも、残念。航君に次会えるの、いつかわかんなくてさ」
「そっか、年明けから海外ツアーだったね」
「うん。正月早々から上海、香港、台北、バンコク、シンガポール、さらにソウル、と大忙しなんだよね。しかも春にはアメリカとヨーロッパにも行くらしくてさ」
「すごいな。想像もつかないよ」
「会えなくて寂しいけど、メールはするからね」
「うん。よろしくね」
今やリラは相庭よりもずっと有名人で人気者だ。この半年ほどで立場がひっくり返った。すべては『愛ライブ』のヒットに起因している。声優とは、そんな職業だ。
「ねぇ、見て。綺麗だよ」
スイートルームの大きな窓にへばりついてリラは嬌声を上げた。窓外には都心のイルミネーションが広がっている。
「夢だったんだ。大人になって、お仕事で成功して、クリスマスに素敵な夜を過ごすことが。今日、それが叶ったよ」
キラキラ輝く渋谷駅のライトがリラをチカチカと照らす。
「うん。リラちゃんはこの一年、本当によく頑張ったよ。おめでとう、そしてお疲れ様」
「ありがとう」
リラは相庭に抱きついた。
コンコンコンコン
ドアをノックされる音がして、二人は離れた。
「なんだろう?何も頼んでないよ」
「私。ルームサービスを予約してたの」
不審がる相庭をよそに、リラはドアに直行した。
ワゴンを運びながらホテルの従業員と思しき女性が入ってきた。
「お待たせ致しました。ご注文のお品でございます」
「わぁ、来た来た。ご馳走だよ、航君」
ワゴンにはよく見る銀のカバーがかかった皿が載せられている。リラははしゃぎながら中身を開けた。
「そちら、お客様から発注のございましたクリスマスケーキ、ラデュレのマリー・アントワネットでございます」
「わお、本当に用意してくれたんだ。ありがとう」
ピンクの長方形をしたケーキが中から現れた。少し見ただけでも手の込んだ造りをしており、高価だとわかる。
他の皿からは骨付きチキンとオードブルが出て来た。オーソドックスなクリスマスメニューである。
「それからノンアルコールシャンパンもご用意致しました。栓抜き致しましょうか?」
「お願いします」
シャンメリーがグラスに注がれた。リラはグラスを頭上に上げ、乾杯の音頭を取った。
「改めて皆さん、メリークリスマス」
「メリークリスマス」
この時、相庭は初めてこの部屋の違和感を感じた。
今、シャンパンを飲んでいるのは自分を含め、三人だ。
今、メリークリスマスと言ったのも、同じだった。
三人?
この部屋は自分とリラの二人が予約したのでは?
なぜこの従業員の女性はシャンパンに口をつけているのか?
「あら、やっと気づいたの?」
聞き覚えのある声が相庭の耳をついた。
(続く)
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