新妻の君と-第2話
夫婦となった井崎と美香の性生活を描く。
作家名:ステファニー
文字数:約3060文字(第2話)
管理番号:k091
素肌に着けたエプロンが美香の振動に合わせて波打つ。かけたままになっている側の肩紐から乳房が揺れる度にチラ見えする。井崎は美香の腰に手を回した。
「みっ、美香さん…、…締め…てるで……しょ?」
「やっぱ、わかる?気持ちいいでしょ」
美香は妖しく笑う。そう言いながらも美香は膣に力を入れ、井崎を締め付けている。
「…ちょっ……、もっ…、……もうっ…、……ダメ…。がっ、……ガマ…ン…でき……ない…よ」
本日一度目の暴発を井崎はしてしまった。井崎の動きが止まったことで美香は不満そうな顔をしている。
「アアン、もうおしまい?いつもより短くない?まだまだ飽きたらないよ」
美香は井崎の胸に頭をうずめてきた。
「わかった。シャワー浴びてくるから、その後、ベッドでもう一回しよう」
「本当に?ヤッター。ありがとう。楽しみにしてるね」
二人は一度抱き合って、席を立った。
蛇口をひねり、シャワーを頭から被り、井崎は身体を清めながら考えた。随分前に読んだ作品にあったくだりについてである。
人の心にはいくつかの扉がある。それらは生まれながらに開かれているわけではなくて、人生経験を積むにつれて少しずつ開けていく。扉の中には最初に開けるまでは抵抗感があるものもあり、またいくつかのものは生涯にわたって開けないことも有り得る。
しかし、一回開けてしまえば、多くの人にとってはそのことが当たり前の事象として生活の一部に定着する。もちろん、開ける必要のない扉もある。暴力や薬物といった違法性のある世界に通ずるドアがそこに当たる。
作品の中では性もひとつの扉として描かれていた。鍵をかけて厳重に閉ざしている者もいれば、最初からガタガタでだらしない者もいるのが、その特徴だった。
この数ヶ月で美香は大きく変貌を遂げた。開け放たれた扉の先にある悦びを大いに愉しみ尽くしているといっていい。
肉体的にも成熟した。貧弱だった尻肉は盛り上がり、山形の佐藤錦ぐらいだったバストはアメリカンチェリーにまで成長した。
新居での生活がスタートしてから1ヶ月ほどが経過した頃、ちょうど初夏に入りたての頃であった。美香は性交中に潮を吹いた。同時に逝く感覚と性感帯も把握したらしい。
それ以降である。美香は人が変わったように大胆になった。
夫婦生活は激しさが増していった。美香が生理中以外は余程のことがない限り、毎晩、交わっている。
一通りの体位は試した。今では普通のまぐわいだけでは飽き足らず、様々なプレイに手を出す始末である。
優秀で性とは無縁だった美香をこんなにもいやらしくしてしまったのは他でもない、井崎自身だ。自分の手で誰にも手をつけられていなかった美香を改造していくのは面白い。これまでに感じたことがないほどの変態性を井崎は自分の中に垣間見た。
だが、美香の真の人間性に触れる度、井崎は自責の念に苛まれる。
同時通訳の勉強をしている美香に。
国際ニュースに目を通している美香に。
作品の書評をする美香に。
いまだに藤林を気にかける美香に。
きちんと家事をこなす美香に。
こんなに愛しているのに、すでにひとつ屋根の下で暮らす家族になっているのに、絶対に手放したくないほど愛おしいと思っているのに、何を血迷っているのか、井崎は自分自身がわからなかった。
井崎は横浜市の内陸部、田園都市線沿線の高級住宅街に生まれ育った。父は大手都市銀行に勤め、母とは社内恋愛で結婚した。井崎にはきょうだいはおらず、母親は幼い頃からいわゆる教育ママとして、つきっきりで井崎を指導した。スポーツや芸術など様々なお稽古を習わせ、勉強も早期から叩き込まれた。井崎は生来、器用な性質で、習った稽古事はみなそれなりに上達した。だが、特にどれも極めようとは思わず、中学受験の準備を始めるとともに、みな辞めてしまった。
学業も秀でており、大手学習塾でも最上位クラスに属していた。是非、都心の上位校を受けては、と塾側から提案があったのだが、小学生の頃の井崎は乗り物酔いがひどく、長時間の電車通学はためらわれた。結局、自宅から一駅で、自転車でも行ける距離にある学校の特進クラスに進学した。
そこは男女別学のマンモス校で、運動部は全国大会出場経験もあり、進学指導にも熱心な、俗に言うスパルタ教育校であった。中でも井崎の入った特進は教員から強大な圧力をかけられ、これでもかとばかりに勉強と成績の話ばかりをしてきた。
多くのクラスメイトはその重圧に耐えかね、一般クラスに変わっていった。だが、そつなく事をこなせる井崎は、特進クラスのレベルに難なくついていき、成績も上位を保った。教師は国立大学受験を薦めてきたが、教科が多いのが嫌な井崎は横浜市内にある私学の雄を志望し、経済学部に合格した。
大学では典型的な学生生活を送った。ゼミ仲間と、サークル仲間と、毎日のように遊び歩く楽しい日々だった。
高校までは別学だったため、女子部の生徒からラブレターやバレンタインチョコをもらうことはあっても、それ以上に関係が進展はしなかった。だが、大学に入ってからはそれも一変した。サークル内でも、学部内でも井崎はとにかくモテた。本当に何人から告白されたかわからない。最初に寝たのがどんな女の子でいつだったのかも思い出せないほど、井崎はたくさんのワンナイトラブを重ねた。
真剣交際もしなかったわけではない。大学四年生の時に付き合ったゼミの女の子とは将来を考えてもいいと思えるほど、好きだった。それでも井崎は自分を鼻にかけ、悪習を断つことができなかった。浮気の噂をどこからか聞きつけた彼女は、自分のもとを去った。
この時、井崎はかなり悔やみ、落ち込み、立ち直るまでにかなりの時間を要した。
美香はそれ以来初めて、井崎が本気で愛した女性だ。やっと手に入れた幸せ。この愛を大切にしなくては、と井崎は思う。
バスルームから寝室にガウンで移動した。まるでホテルのようだが、夜毎に身体を合わせているうちに寝巻きを着ることが億劫になり、素肌に羽織るだけでいいガウンを買ってしまった。最早、夫婦ともに複数枚を購入し、手放せない代物となっている。
寝室の扉を開けると、紫のリボンとポニーテールが目についた。どこか懐かしいような、見慣れたような、不思議な感覚に井崎は囚われた。
「おつかれ。待ってたよ」
振り向いた美香を見て、井崎は魂消た。『天狗の鼻』の女剣士、みのりに扮した美香が居たからだ。
「みっ、美香さん、どうしたの?」
「かっこいいでしょ?みのりさんだよ」
美香はダブルベッドの上で、両手を広げて紫色の羽織りを見せるようにクルリと一回転した。
「ヤフーショッピングにコスプレセットが出てて、つい買っちゃった。羽織りだけだけどね」
まるで本物のみのりがいるかのように、美香はみのりによく似ている。それもそのはずだった。みのりは井崎の好みの女の子に合わせて藤林に描かせたキャラなのだ。
「この前の人気投票では一位だったね。私も時代にあやかろうと思って、ポチっちゃった」
「すごいな、よく似合ってる。本当にみのりがいるのかと思ったよ」
ベッドの中央で二人は合流し、抱き合った。井崎は羽織りを通じて美香の細腰をなぞった。
みのりを抱いている?いや、違う。美香だ。妻を抱いているのだ。
「美香さん、みのりにそっくりだね。興奮しちゃうよ」
「じゃあ、今宵は私をみのりさんだと思って攻めていいよ」
「それで妬かないの?」
「だってみのりさんは藤林先生が創り出した想像の産物でしょ。別に嫉妬なんかしないよ。それより私たちの夜が盛り上がる方がはるかに重要じゃない」
(続く)
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