淫魔大戦-第2話
淫魔、それは、人にこの世では味わえない淫靡な快楽の極致を与えてその果てに命を取る妖怪である。淫魔が目覚めたとき、そしてそれを人類が知ったとき、壮絶な戦いが始まった。
作家名：キラ琥珀
文字数：約3370文字（第2話）
管理番号：k107
「は、はい。でも……」
「でも、何だ？」
「いつもできる、というものではないのです」
「うん？」
「つまり……、望めば見える、というのではありません。たまたま見える、というだけなのです」
「見えるときと見えないときがある、というのだな」
「はい、そうです」
「透視ができるようになるため、どのような修行をした？」
「修行なんかしていません」
「では、どうして透視ができる？」
「そのう……、ただ、見えるのです。子供のころ、青白い光が夜空を横切るのを見ました。隣にいたじいちゃんには見えませんでした。それが最初でした」
「それから何度も透視をしたのだな」
「はい」
「つい最近では、村長が死ぬのを透視したそうだな」
「そうです」
「ふうむ。よしよし。では、今この場で、透視で見えるものはないか？」
「それが、そのう……」
「遠慮なく申せ」
「それです」
「この青銅の矛か？」
「はい。それに血がベットリと付いているのが見えます」
エンシュマは、一瞬おどろいた様子になり、笑い出した。
「これはいい。この矛が敵の血を吸うことを予言するというわけか。これはいいぞ」
エンシュマは、青銅の矛を取り上げて、しみじみと見つめた。
「この矛で……、王になれる。望みが叶う……」
矛を置くと、彼は禿頭の男の方を振り向いた。
「魔道師ネオトンよ、どうだ？」
禿頭の男は、宗主に向かって軽く頷くと、アシュトンに聞いた。
「村長が死ぬときの透視だが、どういうふうに見えたのだ」
「ただ、目の前に見えたのです」
「死ぬ光景が見えたのか？」
「いえ、そうではなくて、村長さまが空中に浮いている光景が見えたのです」
「空中に浮く？」
「そうです。それで、びっくりして、うっかり隣の家のばあちゃんに話しましたのです。後になって分かったのですが、見えたのは、谷に向かって落ちている姿だったのです」
「この青銅の矛に血が付いているのが見えたそうだが、今は見えるか？」
「いえ、もう見えません」
魔道師ネオトンは、侍女の耳から、薄い葉のようなものを取り外した。
「これを知っているか？」
「いえ、初めてです」
「何が見える？」
「何が、って……、ごく薄いのにキラキラ輝いているのが見えますが」
「それだけか？」
「はい」
「透視で、何か見えないか？」
「何も見えません」
「これは黄金というものだ。この世でいちばん貴重なものだ。悪神を払う力がある。女の耳に飾り、男を悪神から避けるのだ」
禿頭の男は、落ち着いた声で答えた。
「宗主さま、わたくしはこれまで、予言をするという者を何人も見てまいりました。そのすべてが偽者でした」
「そうであろう」
「この若者は、そういう偽者とは思えません。それが証拠に、いつも透視できるのではない、見えるときと見えないときがある、と話しています。偽者ほど、いつも見ることができる、と大げさにいうものでございます」
「予言する者ではないのだな。では、この者は魔道師か？」
「もちろん違います。魔道師になるには何十年もの激しい修行が必要でございます。この若者は、若すぎますし、魔道師だけが持つ迫力というものがありません」
「では、一体、この若者は何なんだ？」
「おそらくエスパルでございましょう」
「エスパル？」
「生まれついての特別な能力かと存じます。羊は白と決まっておりますが、まれに、黒い毛の羊が生まれることがございます」
「そうだな」
「なぜか分かりません。全能の神エンキーのなさること、人には分かりません。この若者も、そうしたものと存じます」
「なるほど、エスパルか。では、この若者の透視は間違いないんだな？」
「是といたします」
「よし、決めたぞ」
エンシュマは、アシュトンを指さした。
「おい、お前。予言者として仕えてもらうことにする」
アシュトンは唖然とした。
「予言者、ですか」
「そうだ」
「でも、いつもいつも見えるわけではないので……」
「かまわん。見えたときに言ってもらえればよい。お前の予言とネオトンの魔道、それに青銅の矛があれば、間違いなく王になれる」
「でも……、村には年老いた両親がいますので……」
「お前の両親もここに呼び寄せるさ。毎月、小麦を２袋与えよう。大袋で、だ。透視したときには、砂金を１粒与えることにする」
その夜、アシュトンは河の土手に座っていた。
満月を見上げながら心細くなった。
もう羊飼いには戻れないのだ。
明日、村に帰って両親と村の長に話をして、羊を売らなければならない。
宗主が許してくれた時間は３日であった。
４日目からは都市へ住む。
都市で、どういう生活が待っているのだろうか。
それが分からない。
自分自身のことは透視できないのであった。
透視――。
河を見た。
そこには、多くの兵士の姿が見えた。
そう、この河をはさんで、多くの戦いが繰り広げられるのだ……。
宗主が言っていた、王になるための戦い……。
兵士たちの姿が消えた。
河が血で満たされるのが見えた。
たくさんの兵士たちが死んでいく……。
それも消えた。
河は、満月で光っているだけであった。
アシュトンは、それでも河を見続けた。
しばらくすると、河の水が増えたような気がした。
実際に増えたのか。
違う。
増えたように見えたのであった。
透視――。
どんどんと水が増えていった。
ついには、水は土手を越えて広大な麦畑を覆い、都市までも水没した。
一面、水だらけだ。
大地がなくなってしまった。
そして――、透視が終わった。
何も見えなくなったのだ。
河の氾濫で、何も彼もがなくなるのだろうか……。
すべてのものがなくなってしまう……。
この大地の生き物が、すべてなくなってしまう……。
終わりだ……。
背筋が寒くなった。
生まれて初めての巨大な感情がわき出てきたのだ。
終わり……。
ふと気が付くと、アシュトンの隣に大柄な女が座っていた。
フードの付いた黒いローブを着ていた。
布の色は黒なのだが、月の光を反射して、かすかに虹色に輝いている。
初めて見る布であり、ローブも見かけないものだった。
どこか遠い異国の服装なのだろう。
アシュトンが驚いたのは、フードに半分隠された顔であった。
美人なのだ。
宗主の家で見た侍女たちよりも、もっと美しい。
この世に、こんな美しい女がいるとは信じられなかった。
アシュトンを見つめる目は、深い碧色であった。
女が聞いた。
「ねえ、あの星が見える？」
彼女の指の先には漆黒の夜空があるだけであった。
「見えませんが」
「残念ね」
「いつもいつも見えるわけではないのです」
「これは見えるわよね」
女はローブを脱いだ。
彼女はなにも着ていなかった。
夜の闇の中に白い肉体が輝いている。
乳房が心地よく大きい。
腰がしっかりとくびれている。
そして尻がプリプリとしていた。
股間は影になっている。
アシュトンは唖然とした。
山間の村で育ったアシュトンは、若い女を見たことがほとんどなかった。
先ほど、宗主の家で侍女たちを見てドキドキしたのだ。
だが、いまここにいる女は、それよりもはるかに美しい。
しかも裸なのだ。
アシュトンの肉棒が一気に固くなった。
アシュトンは、何かを言おうとした。
だが、何を言っていいのか分からない。
その口を、女の唇が覆った。
アシュトンはびっくりした。
女の手がアシュトンの身体を撫でた。
どういう方法を使ったのか分からないが、あっという間に服が脱がされた。
女が、不気味に笑いながらアシュトンの肩を押した。
アシュトンは、抵抗出来ずに、自分の服の上に寝た。
肉棒がピンと立っている。
女はそれに跨った。
いきなり肉棒が淫壺に包まれたのである。
（き、気持ちいい――）
女は騎乗位でピストンを始めた。
（すごく気持ちいい。これがセックスなのか……）
淫壺の壁がうごめいて肉棒を締め付けた。
（あっ、ああああ……）
アシュトンは、呆然として女を見上げた。
女の顔の彼方の夜空、先程彼女が指さしたところに血のように赤い星があった。
尾が見える。
彗星なのだ。
締め付けがきつくなった。
さすがに、きつ過ぎて痛い。
（え？）
肉棒の根元に歯を感じた。
（これ、何？）
「ギャァァァ……」
アシュトンは悲鳴を上げ、のたうち回った。
肉棒が切り取られたのである。
女が立ち上がり、歩き去った。
それから１時間後、アシュトンは出血多量で死んだ。
血のように赤い彗星は、彼の最後の透視であった。
アシュトンが死んでから八百年後に大洪水が起きた。
この河にユーフラテスという名前が付いたのは、大洪水から一千年後のことである。
（続く）
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