こちら週刊エキサイトです-第1話 2410文字 バロン椿

こちら週刊エキサイトです-第1話

インターネット時代、もはや紙媒体は消えゆく運命か?
低調な売上に悩む「週刊エキサイト」は花形のWeb事業部次長の佐々木を編集長に迎えたが、やる気を失った古参記者たちにお手上げ。
そこに、やり手の樋口恵理子局長が「見てらっしゃい!」と乗り込み、実録「あなたの知らない熟女の性」路線を打ち出し、売上は急上昇。
しかし、思わぬ出来事が……

作家名:バロン椿
文字数:約2410文字(第1話)
管理番号:k108

局長、切れる!

「佐々木さん、何よ、この数字は?」
「あ、いや、どうも伸びませんな」
「他人事じゃないでしょう! 来期もこの調子だったら、あなたは首よ!」

樋口(ひぐち)恵理子(えりこ)局長の甲高い罵声が会議室に鳴り響く。今週も、局長・編集長会議でヤリ玉に挙がったのが「週刊エキサイト」だった。
編集長の佐々木にとって、売上数値が発表される月曜日の朝は最悪だ。

社内の各事業部は好調だが、この「週刊エキサイト」だけはどうしようもない。
「頼むよ、佐々木ちゃん」
10ケ月前、誰も引き受けない編集長ポストを、当時、花形のWeb事業部次長だった彼は社長から直々に頼まれ、「やってみましょう!」と引き受けたのだが、今ではそれを心底後悔している。

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何しろ、古参の記者たちは評論家よろしく現場に飛び出さず、「ははは、そうですか」、「いや、違う見方もありますぞ」等と、感想ばかり宣って働かず、若手が「これはどうでしょう?」と書いた記事を持ってきても、「いいんじゃないか」と言うだけで、指導もしない。

最初は、「バカな奴らなんかに頼るな。全部、俺のところに持ってこい!」とフル回転宣言をしたのだが、取材のやり方から、記事の書き方まで、何も教えられていない若手ばかりだから、いくら時間があっても足りない。

半年ほど頑張ったが、ついに彼も「やってられねえ」と匙を投げてしまい、最近では売り上げを問われても、「さあ、どんなもんでしょう」と他人事のような返事ばかり。
しかし、今日と言う今日は、ついに樋口局長がブチ切れた。

「バカ!編集長のあなたがそんなことを言っているからダメなのよ。今夜は徹底的にやるからね。午後6時、全員集めておいてね、分かったわね」
最後通告だが、こっちも切れている佐々木編集長は「はいはい、分かりました」と返したから、「うるさい!」と灰皿が飛んできた。

ばからしくて、やっていられね!

「ふぅー」と大きなため息を吐きながら、佐々木が編集部に戻ってくると、さっそく中堅の吉野記者が「いかがでしたか?」と近寄ってきた。
「いかがも何もねえよ。次の売上によっては首だとよ、あの女。やってられねえよ」と佐々木は会議資料をポーンと机の上に投げ出したが、吉野記者は「あらら、恵利子様はお怒りですね?」とまるで他人事のよう。

すると、取り出したタバコを「バカ野郎!」と投げつけた佐々木は、
「お前らがダメだから俺まで怒られてんだぞ!今夜は徹夜だってよ。みんなに声を掛けておけ。クソ!面白くもねえ。出て来るからな。恵利子のババアがなんか言ってきたら、適当に誤魔化しとけ!」と机を蹴飛ばし、部屋を出ていってしまった。

「早川さん、今夜は徹夜だってよ」
「聞いたよ、吉野ちゃん。恵理子様の会議はすげえらしいよ。編集長は逃げちゃうし。きたねえよな」
出来の悪い事業部とはこういうものか。覇気も何もない。

そんな週刊エキサイト編集部に、全身からオーラというものか、やる気がみなぎる樋口局長が、午後6時きっかりにやって来た。
「何しているの?行くわよ」
「えっ、大会議室を用意しているんですが……」

「馬鹿ね。そんな考えだからろくな企画が出てこないのよ。『若松』の2階を予約してあるから、さあ、行きましょう。早川君、みんなに声を掛けて。どうせ佐々木ちゃんはいないんでしょう。いいわよ、気にしない、気にしない」

緊急企画会議

「若松」は建物こそ古いが、料理が評判の割烹旅館。週刊エキサイトのような売れ行きが悪い部門は使えないが、ネット通信局など売上のよい部署は時々使っているらしい。
「さあ、今夜は徹夜で飲むからね、覚悟しなさい」

全員、徹夜で企画会議と聞かされていたので、なかなか樋口局長のペースについていけないが、とにかく「会社の経費だ。えい、飲んじゃえ!」ってな感じで1時間が経過した。
「さてと、始めるかな。悦ちゃん、資料配ってね」

鳴り響いた樋口局長の編集会議とあって、どんな凄い資料が配られるかと思いきや、あっさりしたものだが、これまでの週刊エキサイトに欠けていることが書いてあった。

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「これ、この半年の『売れネタ』一覧よ。他社も含め、求めているのは人間の真実の姿なのよ。あんたたちの記事は一見面白いんだけど、半分以上が脚色だから、『こんなのあり得ないよ』と直ぐ見破られ、飽きられてしまうのよ」

週刊エキサイトはエロやゴシップネタが専門で、これまでは有りもしないことを面白おかしく書いてごまかしてきた。局長の言う通り、真実なんか何も無い。

「ねえ、吉野君。何か面白い話はないの?」
「面白い話ですか?そうですね、先週行ったキャバクラなんか」
「ダメダメ、そんな話。キャバクラの話なんかつまらないでしょう、止めなさい。そんなことしか浮かばないから、この編集部はクズなのよ!」
吉野記者に最初のカミナリが落ちた。

「読者は身近にある生々しい事実が欲しいのよ。事件が起きれば、テレビで見ているようなものじゃなく、テレビでは写せない、例えば犯人と人質の姿とか、犯人と警察官の格闘とか、最前線の記者しか見れないもの、そういう記事が読みたいのよ」

樋口局長は熱く語るが、ベテラン陣は「俺たちはそんな給料をもらってねえよ」としらけた顔で酒ばかり飲んでいる。
「それはそうだけど、真実を追えば、取材費も掛かるし、うちの編集部の予算じゃ」
「バカ!だからダメなのよ」

続いて早川記者が樋口局長に一喝されてしまった。
「洋子ちゃん、何かあるでしょう?」
「私ですか」
「あなた、“お局さま”なんて言われて、そんなことでいいの?若い子がビックリするような話、あるでしょう?」

普段は物静かな“お局さま”だが、酔ったら怖い“お局さま”に変身する、言わば「触らぬ神に祟りなし」の木下(きのした)洋子(ようこ)さんに対して、樋口局長が勢いで口撃をしてしまった。
一同、ピーンとした緊張が走るが、既に酔っていい気持ちになっているお局の洋子さんは平然としたもの。

(続く)

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