現代春画考~仮面の競作-第24話
その話は、日本画の巨匠、河合惣之助の別荘に、悪友の洋画家の巨匠、鈴木芳太郎が遊びに来たことから始まった。
本名なら「巨匠が何をやっているんだ!」と世間がうるさいが、仮名を使えば、何を描いても、とやかく言われない。
だったら、プロのモデルじゃなく、夜の町や、それこそ家政婦まで、これはと思った女を集めろ。春画を描こうじゃないか。
作家名:バロン椿
文字数:約4160文字(第24話)
管理番号:k086
「ザミローチカ」と呼んで
「おい、本当に何でもないんだな?」
あの日以来、岡田は鈴木画伯から疑われていた。
「ど、どうしてですか?」
「いや、だって仲が良すぎるじゃないか」
「えっ、あ、あははは、マネージャー同士ですから」
岡田は何とか誤魔化してきたが、ザミーラ・アレクサンドロブナとの仲がバレるのは時間の問題だった。
河合画伯の別荘での写生会で、お京さんに魂を抜かれてしまったナターシャは、お京さんから離れず、鈴木画伯らと別荘に泊まると言い出した。だが、マネージャーというより、ザミーラ・アレクサンドロブナは叔母として、姪のそんなふしだらなことは許せない。
「ニガヴァリー グルーパスチュイ!(馬鹿なことを言わないで!)」と顔を真っ赤にして、怒り、ナターシャの手を掴んでお京さんから引き離そうとしたが、ナターシャは「ニェナーダ!(止めて!)」と、その手を振り切り、鈴木画伯の後ろに隠れてしまった。
一仕事を終え、さあ、今度は叔母さんを口説いて、一緒に風呂に入ろうと目論んでいた鈴木画伯は余計なことを言わなくてよかったと、ホッとしていたものの、そのザミーラ・アレクサンドロブナザミローチカの剣幕の凄さに慌てて、ロシア語が出て来ず、「Sorry、あ、いや、すまん」と、英語と日本語がごちゃごちゃ。仲裁するどころではなかった。
その画伯を挟んでザミーラ・アレクサンドロブナとナターシャは、
「ティ バープシェ パニマーィェシ シトー ジェーライェシ?(何をしているか分かっているの?)」
「エータ ニ トヴァヨー ジェーラ!(関係無いでしょ!)」
と睨み合い、とうとうザミーラ・アレクサンドロブナが「エータ ヴォージット ミニャー ス ウマー!(頭狂いそう!)」と切れて、「トキオ!(東京に帰る!)」と出て行ってしまった。
「ほれほれ、これで邪魔者が消えた。ちょうどいいじゃないか、鈴木」と河合画伯は笑っていたが、鈴木画伯はザミーラ・アレクサンドロブナが本命。ここで繋ぎ止めておかないと、ものには出来ない。
「いいか、途中に飯でも食わせて、ホテルに帰るまでには機嫌を直しておくんだぞ」と運転手を務める岡田に何度も念押ししていた。
勿論、岡田もそのつもりで、その時は、決して鈴木画伯を裏切ろうとは思ってもいなかった。
「じゃあ、頼んだぞ」と画伯に見送られ、岡田は車を走らせたが、別荘が遠ざかり、車は高速道路に入っても、後部座席に座るザミーラ・アレクサンドロブナは一言も喋らない。ミラー越しに見ると、とても悲しそうな顔をしていた。
岡田はロシア語が分からないから、「Are you tired ?」など、英語で気を使っていたが、最初は返事もしなかった。だが、長い道中、色々と話し掛けていると、「Hahaha」と笑い出したり、「Thank you」など帰ってくるようになった。
髪が茶色の彼女は38、41歳の岡田とは年が近く、打ち解けるのも早く、片言ながらも英語での会話は盛り上がる。
「What kind of music do you like?」
「Of course , Hard Rock!」
知的で物静かな印象だった彼女が、そんなワイルドなものが好きだと。意外な感じがしたが、バックミラーに映る笑顔はとてもチャーミング。
(結婚したら、いい嫁さんになるな……)
岡田がそんなことを考えていると、後部座席から身を乗り出した彼女は「Call me“Zamirochika”」と耳元で囁いてくれた。
「ザミローチカ?」
「Oh,Yes!」
愛称で呼んでいいということは、より親しくなったということ。それならばと、「Please call me“SHIGERU”」と言ってみたが、「しげる(茂)」は発音しずらいのか、「Shige……Shige……」と上手く言えず、とうとう、「Oh,no. It’s so difficult ! Help me.Ahaha!」と笑い出してしまった。
ところが、そんないいムードなのに、突然、「グゥー」と彼女のお腹が鳴る音が聞こえてきた。時計を見たら、午後6時を過ぎている。
つまらぬ口説き文句を言う代わりに、「Are you hungry?」と後ろに向かって叫ぶと、間髪入れず、後部座席から「Oh,yes. I am very very hungry!」と明るい声が返ってきた。
鈴木画伯が「飯でも食わせて機嫌を直させろ」と言っていたが、その通り。腹が減っては元気も出ない。岡田は思わず、「よし、旨いものを食うぞ!」と日本語で言ったが、「ダー!(はい!)」とザミローチカがロシア語で相槌を打ってくれた。
嬉しくなった岡田はすぐさま高速道路のサービスエリアに入った。しかし、メニューはハンバーグだとか、パスタだとか、たいして代わり映えのしないものばかり。それなのに、ザミローチカはどれも「It’s so delicious !」と喜んでくれた。
しかし、楽しい時間は過ぎるのが速い。時刻は間もなく午後8時。
「Are you O.K.?」
「Oh , yes.」
レストランを出る時、岡田は覚えたてのロシア語で「ヤ ブラガータレン ボグザト シュトムイ ファストレーティリシェ(あなたと出会えてよかった)」と言って、ザミローチカに手を差し伸べると、彼女は何も言わずにギュッと握り締め、腕に抱き付いてきた。
3月の夜は冷えるが、寄り添って歩けば寒くない。もうザミローチカは後部座席になんか座らない。助手席に座ってシートベルトを締めると、「ニェ ブラサイ ミーニャ ブーチェ フシェクダ サムノイ(私を離さないで、ずっとそばにいてね)」と言った。ロシア語だから、何を言われたか、岡田には分からなかったが、彼女の目を見れば、言いたいことは分かる。すぐさま、「I do. I do. I promise」と英語で答えた。
成り行きだが、岡田はザミローチカが好きになっていた。岡田は車を走らせたが、行き先は東京ではない。インターチェンジを降りたところにあるモーテルだった。
日ロ、肉体の融合
岡田もそうだが、昼間、お京さんとナターシャのあんなものを見せられた後だったから、ザミローチカも燻っていたのか、燃え方が凄かった。
部屋に入った途端、岡田に抱き付き、キス、キス、キス……岡田の顔は彼女のルージュで染まる。岡田も吸い返し、二人はベッドに倒れ込むと、ザミローチカは岡田に全てを任せていた。
ブラウスのボタンを外し、白い肌が露わになる。いや、透き通りそうな綺麗な肌だ。そして、ブラジャーを取ると、乳首はピンク。比べたら悪いが、時々遊ぶ、鈴木画廊の事務員、榊陽子の干し葡萄のようなものとは大違い。それよりも驚いたのはパンティーを引き下ろした時だった。
髪が赤毛なので、それと同じか、黒だと思っていたが、それが全くない。いや、きれいに処理されている(後で知ったのだが、ロシア人はそれが常識だとは、岡田はその時、全く知らなかった)。
顔を上げると、目が合ったザミローチカの口が「I Love you」と動いた。「Me,too」と叫んだ岡田がそこに舌を伸ばすと、既に中は溶けていた。感激した岡田はそのままそこに顔を埋めると「ハア、ハア、ハア……」と小さく喘ぎ、夢中で彼女の性器を舐め続けるとザミローチカは「ア、ア、ア、アアア……」と身を捩る。股間はびしょ濡れだ。そして、舌がクリトリスに触れると、ザミローチカはまるで暴れ馬のようで、喘ぎは「ワアアアアアア!」と部屋に響き渡る程のものになった。
岡田はもう我慢出来なかった。上体を起こし、ザミローチカの太腿を抱えて体を寄せると、ヌルヌルに濡れた割れ目に、カチカチに勃起したペニスを挿し込み、グッと腰を突き出し、体を重ねた。それを受け入れたザミローチカも「アン……」と呻き、岡田を抱き締める。
岡田はアメリカの女性とも、ヨーロッパ系の女性ともセックスをしたことがあったが、いいとは思わなかった。だが、ザミローチカは全く違う。
母なるロシアの大地と言うか、体が柔らかく、しっとりしている。そして、膣は岡田のペニスに絡みつき、締め付ける。危うく逝きそうになったが、それを堪えると、日ロの肉体は見事に融合し、ピッタリと合わさった腰がしなやかに動き、
「ア、ア、アアアアアア……シゲ、シゲ、ア、ア、アアアアー……」
「う、う、ザミローチカ!」
と二人は同時に昇りつめた。
その夜、何度交わったか分からない。二人が東京に戻ったのは、翌朝の午前10時過ぎだった。
春画はもう飽きた
桜が終わり、藤の花が咲き始める4月中旬。
吉光がアトリエに入ると、絵筆とパレットを机に置いた河合画伯が「おい、吉光、春画はもういいかなと思って」と突然言い出した。
春画は鈴木画伯と飲んだ勢いで始めたことだが、早いものでもう1年になる。遊びとしては長く続いたものだが、止めるのも惜しい気がして、「でも、楽しいですよね」と水を向けると、タバコをふぅーと吹かした河合画伯は、「まあ、そうだよな。幸代さんと和夫、あいつは小夜子ちゃんの相手もしたな。それから槇ちゃんと小山君、これもよかった」と棚からスケッチブックを取り出した。
『主婦のお友だち』の近藤啓子編集長の甥、和夫の巨根は掘り出し物。それに狂わされたモデルの幸代と、「クラブ 茜」の№1ホステス、小夜子。「クラブ 寿々」の槇子の時は見ていたアシスタントの女性も感じてしまった。今、思い出しても股間が硬くなる。
「それから。美恵子さんと米蔵さん。あれは二度と見れないな」
植木職人の米蔵が鈴木画伯宅のお手伝いさんの美恵子をしっかり守り通した、あの絡みは本当に美しかった。
「茜ママとケン、あれには参ったな。お京さんとナターシャ、これも良かった」
イラストレーターの谷山が「手が速い」といったケンは茜ママを相手にする前に、控え室でメイクの雪江を仕留めてしまった。とんでもない奴だ。そしてレズビアンのお京さんが金髪のナターシャを虜にしてしまった。これも凄かった。
河合画伯はスケッチブックの下絵をめくりながら、思い出し笑いを浮かべていたが、吉光の方を向くと、「だけど、これ以上のモデルは探せないだろう?」と真顔で聞いてきた。
そうだ、その通りだ。どんどんエスカレートする画伯の要求に困り果てていたのは事実。しかし、マネージャーからそれを言い出すのは難しく、画伯の方から言ってくれたことは、勿怪の幸い。
「はい、そうです。もういません」と頭を下げると、「まあ、お前と岡田君には本当に苦労をかけた」とポンポンと肩を叩き、労ってくれた。
しかし、鈴木画伯も同じ気持ちなのか?
「鈴木もロシア女にうつつを抜かしているから、『そうだな。もういいな』と言うに決まっているさ。本当にバカだからな、あいつは」
河合画伯はそう言ってタバコを消すと、「いいよ、俺が電話しておくから」と、再び絵筆を握ると、途中だった絵の仕上げに取りかかった。
(続く)
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