現代春画考~仮面の競作-第17話
その話は、日本画の巨匠、河合惣之助の別荘に、悪友の洋画家の巨匠、鈴木芳太郎が遊びに来たことから始まった。
本名なら「巨匠が何をやっているんだ!」と世間がうるさいが、仮名を使えば、何を描いても、とやかく言われない。
だったら、プロのモデルじゃなく、夜の町や、それこそ家政婦まで、これはと思った女を集ろ。春画を描こうじゃないか。
作家名:バロン椿
文字数:約3110文字(第17話)
管理番号:k086
ビーナスの誕生
「あ、あっ、あ、あ、いい、いいわよ……」
12月下旬、大掃除をしなくてはいけないのに、鈴木画伯のマネージャー、岡田は鈴木画廊の事務員、榊(さかき)陽子(ようこ)を連れ出し、ホテルでいいことをしていたが、さっそく、身を捩る彼女の太腿を抱え、腰を近づけた。だが、その時、「ばかもの!」という声が頭の中に響き、「うっ、あ、あ、あれ、え、いや……」と、急にペニスが萎んでしまった。俗に言う「中折れ」だ。
焦れた陽子が「ねえ、どうしたのよ?」と顔を上げたが、岡田は「えっ、どうしたって……」とペニスを扱くが、どうにもならない。
「お口でサービスしてあげようか?」と陽子は体を入れ替えたが、「いや、ごめん、ごめん。今日、先生から叱られたんだ」と岡田は元気がない。
「叱られたの?へえ、先生も叱るんだ」
諦めた陽子は萎んだペニスを指で弾いて、その代わりにタバコを取り出した。
「ああ、先生はめったに怒らないけど、陽子、知ってるだろう、河合画伯って?」
「あの日本画の人でしょう?」
「そう、あの人だ」
岡田がタバコを1本受け取り、陽子のタバコに火をつけ、自分のにも火をつけた。
「先生と河合さんは親友なんだが、どちらも負けず嫌いで、特にうちの先生は河合さんに負けるのが大嫌いなんだ」
「へえ、そうなの」
陽子はふぅーと煙を吐いた。
「今、面白い絵を描いているんだが」
「あれでしょう、春画」
「うん。だけど、どうも押され気味なんだよ」
「それはそうでしょう、春画って日本画なんだから」
「そんな簡単に言うなよ」
岡田もふぅーと煙を吐いた。
「いえ、簡単よ。洋画の世界に引き込めばいいじゃない」
「洋画には春画のようなものはないぞ」
「ははは、だから叱られるのよ」
陽子はベッドの上で左手を腰に当てると、右手に掴んだティッシュで股間を隠すポーズをとった。
「ビーナスの誕生って、こんな感じでしょう?」
「まあ、そうだな」
その瞬間、岡田は額を手でパーンと打った。それと同時にタバコの火が下腹部に飛び、「アッチチ!」とペニスの近くを押さえていた。
「大丈夫?」
「うぅ……ふぅ、大丈夫。いやあ、忘れてたよ。いいな、それ、陽子のアイデア、いいよ」
鈴木画伯、別名「脱がし上手の鈴木さん」が家政婦の美恵子を攻略したのが、この「ビーナスの誕生」だった。岡田はそれをすっかり忘れていた。
「ルネッサンス期の絵とかギリシャ神話の絵なんか、裸ばっかりだよな」「そうよ。だから、これを現代に置き換えて、若い女の子や、子供なんか裸にしちゃって、それを描けばいいでしょう。ふふ、私も見てみたいな」
「頭、いいなあ」
「へへ、これでも画廊の女よ」
「よし、陽子、頭がすっきりしてきた……となると、こっちもだ。なあ、ほら、見てみろよ」
アイデアが浮かんだ岡田のペニスはムクムクと大きくなっていた。陽子はそれを面白がって「へえ、元気なんだ……ふふ、ふふふ、ピクピクしている」とペニスを指で弾くと、タバコを咥えようとした。だが、チャンスを逃したくない岡田は「タバコなんか、どうでもいいだろう・・お前だって濡れてるじゃないか」と陽子を押し倒した。
「あっ、待って、待ってよ……あ、ああ、あん、あっ、あ、あああ……」
ベッドの上は急に忙しくなった。そして、間もなく二人の声はギシギシときしむ音よりも大きくなっていった。
あいつも苦労するぞ
「先生、ちょっとお休みを頂きたいんですけど」
「ははは、海外にでも行くのかな?」
お気に入りのモデルの幸代が河合画伯のところにやってきた。
「いや、そうじゃなくて、東京に住みたくなって」
「え、どうして?」
「あ、いえ、ほんの思いつきなんですけど……」
いつもならはっきりと言う彼女だが、今日はもじもじして頬が少し赤くなっていた。
「そうか、そういうことか、よし、分かった。いいよ。行っておいで」
「ほ、本当ですか」
「和夫君だろう?」
「あ、イヤ……先生、恥ずかしくて」
「いいじゃないか、あの子はいい子だ。結婚したらどうだ?」
「えっ、そ、それは……」
「ははは、冗談だよ」
「もう、先生ったら。でも、すみません。ダメなんです。頭の中は彼のことばかり。ご、ごめんなさい。行ってきます」
顔を真っ赤にした幸代が小走りにアトリエから出て行くのを見て、河合画伯は和夫のことを思い浮かべていた。
(あいつは掘り出し物だ。やっぱり、女はあのでかいチンチンに惚れるのか……小夜子も同じようなことを言ってたらしいけど、喧嘩にならなければいいが。あいつもこれから苦労するぞ……)
ふぅーとため息をついた画伯はコーヒーを一口啜ると、頭の中は次の作品構想に切り替わっていた。
もっと学のある河合画伯
「菱川(ひしかわ)師宣(もろのぶ)が描いた『若衆遊伽羅之縁』(わかしゅうあそびきゃらのまくら)に面白いものが出ているぞ」
正月と言えども、芸術家には休みは無い。河合画伯は書斎から古い本を持ち出してきた。
「先生、それは?」
「昔の話だが、大学院の時、売り絵のアルバイトで貯めた金で色々集めたんだよ。浮世絵、春画、ははは、当時は貴重だった無修正の写真もな」
画伯はニヤニヤしながら、その本を広げて読み始めた。
「ええと、『ある者、若衆とねんごろして有りしに、ある時ふと来たりてみるに、内に召し使うをものしを語らい、今を最中のてい也。念者このよしを見てうとましくなりて、ねんごろを切りてけりとなり。』、久し振りだが、やはり面白いなあ」
「すみません、ちょっと解説して下さい」
博識の画伯には敵わないと、マネージャーの吉光は頭を掻いていた。
「ほら、この絵だ。若侍、まあ、この屋敷の書生だな。こいつが主人のお手付き女中とやっているところに、主人が帰って来ちゃったんだよ。主人は怒り心頭だけど、その場の雰囲気からして、女中の方が誘ったと分かって、主人は女中を諦めたって話だ」
「へえ、今もありそうなことですね」
「ははは、そうだな。おい、こっちの方が面白いぞ」
画伯は新しいページを捲っていた。
「原文は、あっ、そうか。読んでも分からないんだよな。いいよ、最初から解説してやる。この絵はだな、大年増の奥方が若侍と始めちゃったんだ。そこに主人が帰ってきたんだが、この主人、両刀使いなんだ。自分の女房を寝取った若侍の尻を見ているうちに、ムラムラしてしまい、若侍の尻にチンチンを入れてしまうんだ。徳川の時代もあったんだよ」
「いやあ、危ないですねぇ、尻を突かれるんですかあ」
吉光は無意識のうちにお尻を押さえていた。
「吉光、お前は運がいいなあ。多恵さんにまだ旦那がいたら、同じことになっていたかもしれんからなあ。あははは、いやすまん。あははは」
全く畏れ入るとはこのことだ。吉光は笑うしかなかった。
「ははは、先生には敵いませんよ」
画伯もお茶を飲みながら、笑いこけていた。
「しかし、カマ掘りは掘る方も、掘られる方も、探すのが難しいですねえ」
「そうだろうな。まあ、残念だが仕方がない。よし、『茜』のママを大年増の奥方役に仕立てて、後は若侍か……吉光、お前、モデルクラブにでも行って、15か16の子供を探して来い」
「私がですか?」
「そうだ、若くて、擦れっからしじゃない、素人っぽい奴を見付けてこい」
画伯は「そうだよなあ、いや、こうだなあ」と一人呟きながら、既にイメージ作りに入っていた。
こうなったら何を言っても耳には入らない。
しかし、15か16の男を春画に使うと言ってモデルクラブから借りる訳にはいかない。悩んだ吉光だが、先日の写生会に鈴木画伯の代役として参加したイラストレーターの谷山輝のことを思い出した。
(そうだ、彼なら当てがあるだろう。いや、絶対にある)
そう確信した吉光はスマホを取り出していた。
(続く)
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