現代春画考~仮面の競作-第19話 3220文字 バロン椿

現代春画考~仮面の競作-第19話

その話は、日本画の巨匠、河合惣之助の別荘に、悪友の洋画家の巨匠、鈴木芳太郎が遊びに来たことから始まった。
本名なら「巨匠が何をやっているんだ!」と世間がうるさいが、仮名を使えば、何を描いても、とやかく言われない。
だったら、プロのモデルじゃなく、夜の町や、それこそ家政婦まで、これはと思った女を集めろ。春画を描こうじゃないか。

作家名:バロン椿
文字数:約3220文字(第19話)
管理番号:k086

新しい感性はさすが

「どうしたんですか、正月早々、お二人揃って」
イラストレーターの谷山は「モデルのことで相談が」と鈴木画伯のマネージャー、岡田から電話を受けていたが、現れた岡田と吉光の顔が冴えないことにやや驚いた様子だったが、岡田から詳しい話を聞き、「えっ、女子高生!そんなの使える訳がないでしょう」と呆れていた。

しかし、「女を描かせたら一番」の男だ。「NO」とは言わず、すぐさま、「日本人で考えるからダメなんですよ。『ビーナスの誕生』がモチーフなら、金髪でしょう」と壁に飾った写真を指差した。
オールヌード、透き通るような白い肌、そして、そよ風に揺れる金髪。陰毛までも金色!「ウラジオストックにて、ナターシャ」と記されている。

「ナターリャ・イリーニシェナ・パブロワ、愛称『ナターシャ』。180センチと背は高いですが、19歳。最高ですよ」と、彼は旨そうにタバコを吹かすが、ロシアのウラジオストックでは、「モデルになってくれ」などと気軽に声を掛ける訳にはいかない。

「まあ、外人はね」と、岡田は冷ややかにコーヒーを啜る。
吉光も同じ考えだったが、二人の反応を見た谷山はニヤッと笑うと、「ノープロブレム」と言って、「この子、来月日本に来るから」と、ドアに架かったホワイトボードのスケジュール表に「ナターシャ、GET」と書き込んだ。

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これで鈴木画伯の注文は解決。次は河合画伯のだ。
吉光から「大年増の奥方とセックスする若侍役を演じられる15、6歳の男の子」と、その要望を聞かされると、「うーん……」と目を瞑って少し考えると、タブレット端末を開けて、「変わった奴なんですけど」と前置きしながら、「こいつです」と画面に1枚の写真を取り出した。

童顔で、きれいな顔立ちだが、大学生らしく、年は20か21か。
「彼ねえ……」と吉光が不満そうだったが、「これですよ」と谷山が画面に別の写真をアップすると、その不満は立ち所に消え、驚きに変わった。
写真はオールヌードだが、ある筈の陰毛が全く無い!
「パイパン?」
「そう、パイパンですよ」

しかし、まやかしものか?
「本当かな……」と吉光が訝しげに画面を覗き込むと、「ほら、拡大すると分かりますけど」と言って、彼が画面をタップすると、局部がアップになり、「剃ったら、ごま塩みたいに跡が残りますけど、彼のはツルツルですよ」と念入りに説明してくれた。

これには「へえー、本物か」と頷かざるを得ない。岡田も「本物だな」と同じように頷くと、「こいつ、『ケン』っていうんですけど、背が162だったかな、小柄で、体毛が薄いから、髭も陰毛も生えないんですよ」とその理由まで解説してくれた。
「男のは、初めて見たなあ」
「俺も」

吉光と岡田が感心していると、「これは田舎芝居ですが」と谷山が画面をタップして、ちょんまげ姿の写真をアップした。
それは全くのおふざけ写真だが、「ちゃんとメークして、本物の鬘をつけたら、それこそ、元服前の若侍に変身出来ると思いますよ」と言われると、「なるほど……」と吉光は頷き、岡田も「確かに」と納得していた。

「餅は餅屋」と言うが、新たな感性を持つ谷山は抽斗が広い。
「助かったよ、谷山さん。河合画伯はきっと喜んでくれるよ」
「ああ、鈴木画伯も満足する。ありがとう」
共に相談事が解決した吉光と岡田は笑顔で帰って行ったが、谷山は新しいタバコを咥えると、「ケンは手が速いってことを言い忘れちゃたな」と頭を掻いていた。

ナターシャの来日

「いやいや、ご苦労さま」
2月上旬、夕暮れ迫る午後4時前、岡田が成田空港に行くと、到着ロビーには吉光も来ていた。
「え、どうしたの?」
「へへへ、やっぱり金髪でしょう。画伯に会わせる前に下見をしておかないと」

何が下見だと言いたくなるが、金髪に魅かれているのは岡田も同じ。「お宅も大変だね」と返した。
そして、待つこと約50分、ウラジオストックからの直行便が午後5時少し前に到着し、午後5時30分、ようやくナターシャが大きなキャリーバックを引いて現れると、イラストレーターの谷山は「ズドラーストヴィチェ ナターシャ(ナターシャ、こんにちは)」とハグするが、岡田も吉光も、「どうもはじめまして」と日本語で挨拶した以外、一言もしゃべらない。何せ二人ともロシア語が全く解らない。

だが、「コンニチワ!」とナターシャから笑顔で挨拶されると、顔が緩む。
しかし、その谷山も「ズドラーストヴィチェ ザミーラ・アレクサントロブナ」と丁重に迎える女性がいた。ナターシャのマネージャーで、叔母のザミーラ・アレクサンドロブナ・ドフトエフスカヤ。髪は茶色で、色気があるが、人を寄せ付けないような知的で気品のある女性で、38歳だという。

岡田と吉光がナターシャと同じように「どうもはじめまして」と日本語で挨拶した後、「愛称は『ザミローチカ』だけど、気軽にそう呼んじゃダメですよ。ロシア人はそういうことにうるさいですから」と谷山が教えてくれた。
うるさいオバサンが付いて来たなと思ったが、揃ってワンボックスカーに乗り込む時、風の悪戯で、ナターシャの金髪に頬を撫でられると、そんなことは忘れてしまう。

白い肌にすらりと伸びた手足、可憐な笑顔、そして、肩まである長い金髪。その髪が風の悪戯で、頬を撫でると、もう堪らない。
「背が高くたっていいじゃないか。19歳、最高だよ!」と吉光が喜べば、岡田は「Beautiful!」と叫んでいた。

チャーターしたマイクロバスで都心に向かうが、ロシア語なんか要らない。「My name is OKADA」と英語で自己紹介すれば、「Nice to meet you
」と返してくれる。岡田も吉光も大満足だった。

*****

午後8時、今にも雪が降り出しそうな寒い夜だったが、都内のホテルで開かれた、ナターシャの歓迎夕食会はそんな寒さも忘れてしまう盛り上がりを見せていた。何しろドレスアップしたナターシャがとても美しい。
「先生、こちらがナターシャです」と岡田が紹介しようとすると、何と、鈴木画伯は「ドーブライ ヴェーチェル ナターリャ・イリーニシェナ(こんばんは、ナターシャ)」と礼儀正しく、ロシア語で挨拶する。

「おいおい、どうなっているんだ?」
河合画伯はニヤニヤ笑って脛を蹴飛ばしたが、「俺はフランスに留学しているんだ。フランス語や英語、それにロシア語くらいは出来るさ」と言い返していた。

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「まあ、きれいなお嬢さんだこと」
お店を抜け出し、「ちょっとご挨拶に」と駆け付けてくれた「クラブ 茜」のママもナターシャを褒めていたが、ナターシャにベッタリ貼り付く鈴木画伯は、彼女がママの着物ー淡いピンクに青と黄色でぼかしを入れた地の上に、梅、松、橘、そして絞り柄の曇取りをあしらったものーに目を奪われ、盛んに「クラシーヴィ(美しい)」と言って感心しているのを聞き逃さない。

すぐさま、「そうかね、それならば、私がプレゼントしよう」と日本語とフランス語に身振り、手振りを交えて、気持ちを伝えようとしている。
「ご熱心ですね」
水割りグラスを持った吉光が笑えば、「困ったものですよ」と岡田はため息をついていたが、鈴木画伯の魂胆は別だった。

食事会も半ばを過ぎた頃、ナターシャの叔母で、マネージャーのザミーラ・アレクサンドロブナが独り静かにワインを楽しんでいると、鈴木画伯は空いた隣の席に座り、「ヤ ブラガーダレンボグ ザト シュトムイ フストレーティリシェ(貴女と出会えて良かった)」とフランス留学中に覚えたというロシア語を使って口説き始めていた。

しかし、こういう抜け駆け的なものは必ず見つかるもの。
「ねえ、あれを見てよ」と岡田の脇をつついたのは鈴木画伯のお気に入りでもある「クラブ 寿々」のホステス、槇子だ。

「先生は蕾のナターシャなんか興味はないのよ。熟れた叔母さんが本命よ」
「全くしょうがねえな」
「岡田さんも苦労するわね」
槇子は笑っていたが、またも厄介な問題を抱えそうな岡田は呆れかえり、「ダブルだ!」と水割りグラスをボーイに突き出した。

(続く)

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