詩織の冒険・メモリー-第1話
詩織は、後に結婚することになる新田卓也と結ばれた夜のことを思い出していた。それは、彼のマンションであった。微かにスムーズ・ジャズが流れていて……。
作家名:キラ琥珀
文字数:約3190文字(第1話)
管理番号:k092
新田詩織は茜が丘市に住んでいる。
茜が丘市は、渋谷から私鉄で30分ほどの距離のところにある住宅地である。
人口が増加し、新茜が丘が新駅として作られた。
この駅の近くに新築されたタワーマンションの最上階に彼女は住んでいるのだ。
周囲に高い建物がないため、富士山がよく見える。
夫の新田卓也は富士山が好きであり、このマンションを選んだ最大の理由が〈富士山がよく見える〉ということなのであった。
————
平日の昼である。
詩織は、独りで軽い昼食を終え、裸になった。
ざっとシャワーを浴びて身ぎれいにした。
これからパートの仕事に出かけるのだ。
水滴を拭い、裸の身体を姿見で見た。
アラサーの白い肉体が見える。
つやのあるきれいな肌だ。
何よりも目につくのは乳房である。
身体全体から見ればアンバランスに大きい。
キャベツほどの大きさがあるのだ。
ちょっと動いただけで、ブルンブルンと揺れる。
大理石のように白いプリプリの乳房の頂上には赤い乳首がツンと立っている。
子供を産んでいない乳輪はきれいだ。
何人の男がこの巨乳に魅了されたことか……。
腰は……さすがに、少し肉が付いてきたかな、と思う。
だが心配はしていない。
少しムッチリした方が、巨乳の身体にはちょうどいい。
色気が増すというものである。
女ざかりという色気。
ブラジャーとパンティを身につける。
ブラジャーはフルカップ。
大きな乳房をサポートするのだから、これしかない。
パンティは総レースだが、プレーンである。
ポリエステルをメインにしたライトな素材。
軽い着けごこちなのだ。
仕事に行くのであるから、軽快性を優先にして選んだのである。
色はベージュ。
仕事に行くのであるから、派手な色ではない。
白いブラウスに紺のスカート・ジャケットを着た。
そして、車で大化メディカル産業へ向かった。
————
大化メディカル産業は、薬を中心とする医療関係の物品の卸をしている会社である。
茜が丘の北のはずれにある。
詩織のマンションからなら、車で10分の距離である。
詩織は、ここでパートで仕事をしているのだ。
タワーマンションのローンの足しにするため、パートの仕事を始めたのだ。
最初は単なるデータ入力の単純作業であった。
だが現在は、会社の〈情報管理コンサルタント〉といった仕事になっている。
かなり重要な仕事である。
〈ある事件〉をきっかけにして、この仕事をすることになったのだ。
その事件とは?
会社の勝呂祐樹が、詩織に媚薬を飲ませてレイプしたのである。
詩織は、もちろん激怒した。
そして警察へ直行――?
そういう安直なことはしない。
目には目を、である。
やられたら、倍返しをする。
詩織は自分で復讐した。
彼女は大正緑林大学理学部物理学科を卒業し、結婚するまではIT関係の仕事をしていた。
情報関係のエキスパートなのである。
その知識を利用して勝呂祐樹の個人情報に偽情報を付けた。
かなりヤバい情報である。
「これが世間に知れ渡れば、あんた、破滅だよ」
勝呂祐樹は真っ青になった。
「それ、何とかなりませんか?」
「ならないよ」
「レイプしたことは……ごめんなさい」
「謝って済むなら警察はいらない」
「どうすればいいんです」
「知られたくなかったら、私の奴隷になるんだね」
「ええ? 何ですって?」
「奴隷だよ」
「奴隷って、SMですか?」
「バカ、遊びじゃないんだ。マジの奴隷」
「そんなの、いやだぁ」
「てめぇ、そんなこと言える立場か、バカヤロー」
こうして、詩織は大化メディカル産業の中に忠実な奴隷を作ったのだ。
詩織は、奴隷を通じて会社の実情を知った。
詩織の目からすれば、ものすごく古い構造の会社であった。
そこで、情報管理の改革を、奴隷を通じて、会社に提案したのである。
勝呂祐樹が改革を思いついた、ということにしたのだ。
会社からしてみれば、勝呂祐樹は有能な社員に見えた。
「勝呂君、そこによく気が付いたね。今度のボーナスは期待していいよ」
「社長、一つお願いがあります」
「なんだね」
「パートの新田詩織ですが」
「たしか……巨乳の女だろう」
「彼女、パソコンに詳しいですから、私の助手に使いたいのです。単なるデータ入力のパートじゃなくて」
「君がそう言うのならいいだろう」
こうして詩織は特別社員の身分になった。
もし詩織がその気になれば、勝呂祐樹を操縦して会社全体を乗っ取ることもできたであろう。
だが、そういう野心はない。
好きな情報処理ができれば、それでいいのである。
————
会社に到着した。
事務室へ入ると、勝呂祐樹が出迎えた。
「やあ、新田さん、ご苦労さまです」
「ああ勝呂さん、今日もよろしくお願いいたします」
どこにでもある世間的な挨拶である。
だが、二人の目には異様な光がピカピカしていたのだ。
「あっ、女王様、お待ちしておりました」
「出迎えご苦労。今日も調教してやろうか」
「もう、勘弁してくださいよ」
「そんなこと言える立場か、バカヤロー」
と、こういう会話を目でしていたのである。
詩織は、廊下の奥にある部屋へ入った。
小さい会議室を改造した〈情報管理室〉である。
机の上には最新鋭のパソコンがある。
スーツを脱いでハンガーに掛けた。
壁のラックにはビッシリとバインダーが並んでいる。
ここに会社のデータが収納されているのだ。
メモ帳に今日の予定を書く。
そこに勝呂祐樹が入ってきた。
大きい段ボール箱を抱えている。
「失礼いたします。あのう……新田さん」
詩織は、部屋のドアが閉まっていることを確認して、勝呂祐樹を睨んだ。
「何だって?」
「えっ、あっ、あのう……女王様」
詩織は、ブラウスのいちばん上のボタンを外した。
深い胸の谷間が見える。
白いブラウスから透けてベージュ色のブラジャーが見える。
普通の男性なら、これを見て想像することは決まっている。
だが、勝呂祐樹が考えるのは別なことであった。
心底ふるえ上がっていた。
詩織は、彼の心理を突き刺すような声を出した。
「で、何の用だよ」
「これでございます」
段ボール箱を机に置いた。
中から古いノートパソコンを取り出した。
「以前に第2課が使っていたのが出てきたんです」
「なんで今ごろ、そんなものが出てきたんだ」
「第2課が独自にデータ処理をやっていたんです。一昨日、第2課の部屋の整理で分かったんです」
「ちっ、しょうがないなぁ。なんという非効率なことをしていたんだ」
「すみません。それで、この中のデータもまとめていただきたいと……」
「ああ、分かったよ。やればいいんだろう」
「ありがとうございます。では、失礼いたします」
勝呂祐樹が部屋から出ようとしたとき、声をかけた。
「あっ、おい」
「はい、何でございましょう?」
「今日、いっちょうヤるか?」
勝呂祐樹は真っ青になった。
「か、かんべんしてくださいよ」
逃げるように部屋を出て行った。
彼が去った後、詩織は古いノートパソコンを調べてみた。
「あれ、これは」
ノートパソコンには、疾患別に薬のデータが入っていた。
問題は、そのデータベースである。
「これミシシッピだ。私が、私たちが作ったものだ……」
詩織と夫の新田卓也が作ったものだったのである。
「懐かしいなぁ……」
二人の身体が一つになった夜を思い出した。
* * *
新田詩織の旧姓は伊集院である。
伊集院詩織は、大学を卒業してISHという会社に就職した。
ISHは〈インターナショナル・ソフト・アンド・ハード〉の略である。
まだ若い会社であるが、ITの波に乗って急成長していた。
(この会社なら、いくらでも実力が伸ばせるだろう)
大学の同期生には公務員になった者がいる。
公務員なら生活は安定している。
(安定しているけど、面白くないよね)
同期生の多くは規模の大きい会社へ就職した。
一部上場の一流企業へ入った者が多い。
一流企業なら世間体はいい。
しかし、会社の歯車になるだけである。
(会社の歯車にはなりたくないわ)
ということで、若くて活気のあるISHへ就職したのである。
この会社で新田卓也に出会い、現在へ続く人生が始まったのであった。
(続く)
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