雪深き秋田路-後編
もう40年以上も昔の話。受験のため訪れた雪深い秋田で、思い掛けない初めての体験をした。相手は旅館の仲居、千春さんだ。
彼女は、ちょっと見、女優の若尾文子さんに似た、色気のある日本美人、それに無理に標準語を使わず、秋田弁だが、それがとても心優しく感じた。今もご存命なら、80歳は優に超えているが、お元気だろうか……
作家名:バロン椿
文字数:約3850文字(後編)
管理番号:k078
忘れられない初体験
「はあ、はあ、はぁ、はぁ、はぁ……」
フェラチオを何とか堪えきり、私は大きく息を吐いていたが、隣に横たわった千春さんは「いらっしゃい」と私を抱き寄せた。
私は千春さんがしたように、唇を合わせていったが、千春さんはそれに軽く応じただけで、私の手を取ると、そのまま自分の股間に持っていった。
ごわごわとした陰毛、そして、指が性器に触れた。驚いた私は言葉なんか出てこない。
そんな私の耳元で千春さんは「好きな男にしか触らせねぁのよ」と囁いた。
その秋田弁が何とも言えない響き。
私は完全に舞い上がってしまった。
指でなぞると、くねくねして、しっとり。中に触れると、ヌルッとする。
これがオマ○コか……首筋が熱くなってきた私は何度もそこをなぞった。
しかし、千春さんが望んでいたことはそんなことではなかった。
彼女は中指に中指を添えると、「女はこうして欲しぇのよ」と、性器の割れ目に挿し込むと、襞を掻き上げるようにして掻き回した。
ビックリした。
性器の中は温かくて、指は底無し沼のように奥の方まで入っていく。
それどころではない。
その通り繰り返すと、どんどん濡れてくる。
その上、千春さんは私の首にかじりつき、「はあ、はあ、ええ、ええ、そう、そうよ……」と声がますます悩ましくなる。
夢中になって、さらに奥の方から掻き回すと、千春さんは「あっ、いや、そんな、そんな……」と体を捩った。
バカの一つ覚え。
感じてるんだ……と私は一心にそこを撫で上げた。
溢れ出る愛液がビチャビチャと音を立て、指はびしょびしょに濡れ、千春さんは「あ、あ、ああ、あん、あ、うん、うん、ええ、ええ、気持ちええ、はあ、はあ、ええ、ええ……」と首を振り、体を捩るから、布団から飛び出しそうになっていた。
「濡れる」ということはエロ雑誌で知っていたが、まさかこれ程とは思いもしなかった。
そして、千春さんも堪えきれなくなったのか、「もう、もう、もういいから、や、止めて……」と私の手首を掴んできた。
とうとう、その時がきた。
千春さんは「こっち」と私を足元に呼び寄せると、両脚をM字に大きく開いて横たわった。
見えた、見たくても、見ることが出来なかった性器が。
濡れそぼった陰毛に隠れてはいたが、少し黒ずんだ鶏冠のような肉の合わせ目が開いて、その中にある、瑞々しいピンク色をした膣までもはっきりと見えた。
「ねえ」と両手を広げている千春さんに、私が覆い被さっていくと、ペニスが千春さんの性器に触れた。
ヌルっとしている。
私はグッと腰を突き出したが、上滑りして、中には入らなかった。
仕切り直し。
腰を引いて、もう一度、ペニスを性器に合わせると、今度は彼女がそれに手を添えて、中に挿し込んでくれた。
すると、亀頭が狭い輪っかを潜り抜け、ペニスはヌルヌルして生温かい膣の中に収まった。
下腹部を見ると、私たちはピッタリと合わさっていた。
私は「入れたんだ……」という、何とも言えない満足感に浸っていたが、その間、千春さんは目を閉じたまま、私を抱き締めていてくれた。
だが、しばらくして千春さんが「あぁぁ……」と悩ましい声を出しながら腰を使い始めると、私は急にモヤモヤして、おかしくなってしまった。
精液の塊が尿道管の方にどんどん押し寄せてくる。
我慢しようとしても、それが一滴、二滴と管に入ってくる。
そして、とうとう堪えきれなくなった私は、千春さんにしがみつきながら、「あっ!あっ!……あっ!……」と逝ってしまった。
檜風呂
「ふぅー、気持ちええ……」
「うん……」
私たちは部屋付の風呂に入った。
離れの部屋らしく、広めの浴室に湯船は檜。
「ええ風呂……」
「うん……」
セックスで疲れた体に少し熱めの湯はとても気持ち良かった。
「汗……」
「あ、ありがとう」
千春さんが私の額に浮かんだ汗を手で拭ってくれたが、その時、私の頭の中には、その当時、大ヒットした映画「戦争と人間」で、芦田伸介演じる「伍代(ごだい)喬介(きょうすけ)」と岸田今日子演じる中国人の女と一緒に風呂に入るシーンが浮かんでいた。
そんな微妙な気持ちの動きを、大人の千春さんは感じ取ったのか、「どうしたの?」と私の顔を覗き込んだ。
映画では伍代喬介が中国人の女を、時には愛人として、時にはスパイとして利用していた。
私は千春さんに性の手ほどきを受けたばかりだったが、何だか芦田伸介になったような気がしていた。
でも、そんなことは言えない。
「あ、いえ、なんでもありません……千春さんがきれいだから」と咄嗟にこんなことを言い、「え、あ、ははは。東京の男は口が上手ぇんだ」と千春さんは笑ってくれた。
だけど、本当にきれいだった。
白い肌が湯で温められ、桜色に染まり、湯に浮かぶおっぱいはキラキラと輝いていた。
千春さんは「東京の男は口が上手ぇんだ」と笑いながらも、「きれいだから」と言う言葉が本当に嬉しかったのか、「おっぱい、触る?」と私の手をおっぱいに導いた。
柔らかい。
布団の中で触った時より、湯に浮かんでいるから、柔らかい。
乳首は、「干ぶどうのような」というけれど、千春さんのはもう少し大きかった。
その上、「今夜は加藤さんのお嫁さんになるべかしら」と身を預けながらも、私の股間に手を伸ばすと、ベニスに触れてきた。
「千春さん…」と驚く私に千春さんは「はい、旦那様」と、スーと唇を合わせてきた。
チュッ……
夢のような時間。
私は自然とペニスが硬くなっていた。
甘い夜
裸のまま部屋に戻った私たちはそのまま布団に横たわった。
唇を合わせ、チュッ、チュッチュッと互いに吸い合う。
上になったり、下になったり、体を入れ替え、何度もそれを繰り返すうちに、私は気持ちが高まり、また、おっぱいに触りたくなった。
右手を伸ばして触れると柔らかい。
体を下げて、揉み解し、乳首をしゃぶると、「そう、そうよ、ああ、そう、それでええ……上手、上手よ……」と声が切なくなり、そのまま乳首を舌先で舐め上げると、「そう、そう、もっと大きく回して、ああ、ああ、ええ、ええわ……」と体を捩り、息遣いが荒くなってきた。
布団はすっかり捲れてしまったが、少しも寒くない。
私は思いきって体をさげ、彼女の股間に潜り込んだ。
そして、吐息が吹きかかる程に近づき、性器をしっかりと見た。
すると、千春さんは「はずかしい……」と言いながらも、私の顔をそこに押し付けてきた。
目も鼻も口も陰毛に埋もれてしまったが、私は舌で性器を舐めた。
少ししょっぱくて酸っぱい変な味。
しかし、「ああ、ええ…お願い、もっと舐めで……」と、千春さんがせがむような、切ない声になり、私は誘われるように、そこをペロペロと舐め回した。
すると、「ああ、ああ…」と体を捩り、声はさらに悩ましくなった。
もう止められない。
私は下から上に割れ目に沿って舐め上げ、それから、舌をつぼめて、その中を掻き回した。
「あっ、あ、あ、ああ、ああ、ええ、ええ、気持ちええ……」
千春さんの切ない喘ぎが大きくなって、彼女の性器は溢れ出た愛液でヌルヌルになっていた。
もう私は待てなかった。
カチンカチンになっていたペニスを入れたくて、舐めるのを止め、体を重ねていくと、千春さんがそれに手を添え、亀頭を割れ目の中に挿し込んでくれた。
お陰で、私は千春さんとスムーズに繋がることができた。
千春さんは私をしばらく抱き締めていたが、腰をゆっくりと動かし、そのうちに、下から「あん、あん、あん……」と突き上げるようになった。
二度の放出で感度が鈍っていた私は直ぐには射精感に襲われなかったが、「はあ、はあ、はあ、ええ、ええ、ああ、ああ、あ、あっ、あ、あ、あああぁぁぁ……」と千春さんが激しく喘いでくると、それに煽られ、危なくなってきた。
「千春さん、僕、僕……」
私は急に込み上げてきた射精感に抗うこともなく、またも射精してしまったが、千春さんも私に構う余裕はなく、体を反らせながら、「あっ、あっ、あ、あ、あああ……」と逝ってしまった。
後悔はしていない
何度交わったか、4度か、5度かはっきり覚えていないが、午前2時を過ぎたころ、疲れ果てた私に千春さんは「女将さんには内緒よ」と言って部屋を出ていった。
翌朝、「早くしねぁど、遅れますよ」と千春さんとは違う仲居さんに起こされた。
目覚ましの音にも全く気がつかなかった。
「あの千春さんは?」と聞くと、やや呆れた顔で、「頭痛ぇって。そんなこどより、試験でしょう。早ぐしねぁど、遅刻しますよ。他の受験生はご飯食って、もうバスさ乗って出掛けて行ったよ。本当にしっかりして下さい」と逆に叱られてしまった。
慌てて顔を洗った私は、急き立てられるように朝食を食べ、旅館の車で入試会場まで送ってもらったが、集中なんかできない。
得意な現代国語の文章を読んでいると、千春さんの顔が浮かんでくる。
英語もさっぱり。散々な出来だった。
届いた合否電報には「秋田路、雪深し」と短い言葉が貼り付けられていた。
担任の先生からは「残念だったな」、同級生からは「どうしてたんだ?」と言われたが、理由ははっきりしている。
一年浪人した私は、翌年、幸いにも別の国立大学医学部に合格し、念願通りに医師になることが出来た。
「千春さんとのことが無ければ、現役で合格したのでは?」
そんなことを思うことはあるが、今もその時も、「千春さんに会えて良かった」という気持ちに変わりはない。
あれから40数年。
お元気でいらっしゃれば、80歳くらいになっているだろう。
「しっかりね」と励ましてくれたあなたの笑顔は決して忘れない。ありがとう。
(終わり)
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