闇の男-第16話 2930文字 バロン椿

闇の男-第16話

日本の夜の世界を支配する男、武藤甚一(じんいち)と、それに立ち向かう元社会部記者、「ハイエナ」こと田村編集長らとの戦いを描く、官能サスペンス長編。

作家名:バロン椿
文字数:約2930文字(第16話)
管理番号:k077

そんな中、横田副署長はお茶を啜ると、「アートギャラリー・マチダが怪しいのは分かるが町田の関与ははっきりしないな」とメモを書きこんだ報告資料を見ながら呟いた。
それを受け、失態を取り返したい大沼係長は「町田を駐車違反でもなんでもいいから引っ張りますか?」と意気込んだが、急いては事を仕損じる。
横田副署長は「いや、それは強引すぎるな。焦ると証拠を隠されてしまう」と抑えた。

だが、手柄を挙げたいキャリア官僚の署長はそれを遮り、
「この無断契約の校長名義の携帯電話、これには根岸美智代と朝岡悦子、両方と通話記録がある。通話相手は武藤じゃないのか?はっきりしているぞ」とやってしまった。

その途端、ベテラン刑事たちの顔に、「うるせえなあ、こいつ」、「本当だよ、素人の癖に」が現れ、捜査会議の雰囲気が壊れてしまった。
だが、ここもやはり、横田副署長だ。
「ははは、さすが署長!頭の回転が速い!」と大袈裟に手を叩いて立ち上がって、署長に敬礼しながら、“あんたは黙って座ってればいいんだ!”と言わんばかりの目付きで一睨み。
これは効果抜群。

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「いやいや、副署長、どうぞ進めて下さい。私はあなたに任せています」と署長が一歩退き、「ありがとうございます」と答えた副署長が「よし、方針を決めよう」と会議を引き締める。

「相手は唯の悪党じゃない。大悪党の武藤甚一だ。簡単にはボロは出さないが、町田や、それに朝岡悦子、こいつらは本物の悪党じゃない。こういう奴らは必ずミスを犯す。これがカギになる」と前置きし、「矢野、根岸美智代の件で町田に揺さぶりを掛けろ。従業員から残業が多いのに残業代が払われていない、セクハラで困っていると訴えがあったと揺さぶりを掛けろ。そして、全員の勤務記録を提出させろ。どこかに嘘があるはずだ」と個別の指示伝達に移った。

真っ先に指示を受けた矢野刑事は「分かりました」と頷き、
続いて、「小田島、消防署と連携して「消防設備点検」の名目で旅館三益の家宅捜索しろ。何か手掛かりがある筈だ」と命じられた小田島刑事も。
「よし、やってやるぞ」と拳を握って横田副署長に成果を誓った。

大沼係長も「携帯電話の方は生活安全課で徹底的に調べます」と立ち上がった。
そして課長が「手の空いている刑事が全て応援させるから、しっかり頼むぞ」と激を飛ばした。
最後に横田副署長は
「いいか、目標は川島雄介、根岸美智代、橋本世津子の3人を救い出すことだ。しかし、相手は武藤だ。とても危険で厄介な男だから、皆、気を付けろ」と締めくくった。

「じゃあ、さっそく行ってきます」
「おお、頼むぞ」
横田副署長は捜査に出て行く刑事一人一人に声を掛けていたが、彼の仕事はこれだけではない。副署長室に戻ると電話を取り上げた。架ける相手は週刊スクープの田村編集長だ。
プルルーン、プルルーンの呼び出し音が響く中、彼の頭には「田村」という劇薬の使い方が浮かんでいた。

世津子

世津子はもう逃げ出す気力は薄れてしまっていた。
あの日、雄介とセックスをさせられた後、何を飲まされたか分からないが、異常な程にハイな気持ちになってしまい、体にガウンだけを羽織らせられ、そのまま車で別のホテルに連れて行かれ、日本語を話さない複数人の男の相手をさせられた。

そして、今日も般若のお面を被らされ、「元気が出るぞ」と飲まされた。
嫌だ、嫌だ……だけど、飲まなければ足の裏を針で刺されるから、その痛みが嫌で条件反射で飲んでしまう。
死にたい、もう死にたい……そう思うが、薬が効いてくると自分が自分で無くなり、見知らぬ男に抱かれても抵抗するどころか、悦んでしまう。

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先日は70過ぎの男に全身を舐めまわされ、嫌悪感で鳥肌が立っていたが、薬の影響で意識とは反対に感じてしまった。
「お客さんだ」
今日の相手は自分よりも年上、50歳代と思われる男だった。

「へへへ、久し振りだな」
「お客さん、お約束ですよ。般若の面は取らないで下さいよ」
「わ、分かってるよ」
「じゃあ、1時間ですよ」
見張りの男が出て行くと、客の男はカバンからバイブレーターを取り出すと、世津子の左脚を掴んだ。

「あっ、いや……」と体を捩るが、男の手が遠慮なく胸や下腹をまさぐり、舌で首筋を舐める。
「ほうれ、感じるだろう?ひ、ひひひ」
そして、股間にバイブを当てて攻め続ける。
こんな男にやられてたまるかと思うが、薬を飲まされているから、「いや……あ、いや、ち、違うの……あ、あ、あああ……」と自分の意思とは関係なく感じてしまい、身を反らせてしまう。
世津子は泥沼に落ち込んでいた。

誘い出し

悦子は雄介と美智代の監視役兼マネージャーとして九州に来ていた。
あら、また鳴った……
昨日から何度か携帯電話が鳴るが、いずれもワン切りで終わってしまう。
間違い電話とは言え、相手は非通知になっているから、余計に不愉快だった。

どの番号を押してるのよ。もういい加減にしてよ……

電源を切ってしまいたいくらいだが、町田や「先生」こと武藤から何時、連絡があるかも知れないから、それは出来ない。
そして、また鳴った。今度は切れないから、これは町田に違いない。
「おお、悦子か?」
「あっ、社長。よかったわ。ワン切りばかりで気持ち悪いったらありゃしない」

「お前の文句を聞いている暇は無い」
「どうしたのよ、社長?」
「今週の週刊スクープだ。とんでもないことを書きやがった」
悦子は雄介と美智代から目を離せないから週刊誌など買いに行く時間は無い。

「こっちじゃ、おちおち週刊誌なんか読めないわよ。ねえ、何が書かれているか教えて」と言うと、「いいか、よく聞けよ……」と町田が記事を読んでくれた。
それは「美術界の悪弊、まだまだ消えない」と題するもので、一度は浄化された画廊の力関係で特選、入選が決まる美術界の悪弊がまだまだはびこっている、その中心がアートギャラリー・マチダだと書いているという内容だった。

「へえ、よく調べたわね」
「感心している場合か」
「でも、本当のことだから」
「バカ野郎!それだけじゃねえ、お前のことも、『失踪した専属画家、朝岡悦子』って、名前も写真も載せているぞ」
「えっ、私の名前と写真が……ねえ、なんて書いてあるの?」

「美術展疑惑の中心にいる黒幕、名前こそ書いていないが武藤先生のことだよ。その黒幕に連れ去られた被害者だってよ、お前が。姿を見かけたら直ぐに知らせて欲しいとお前のお袋が言っているとよ」
悦子の母親は認知症で、記者の質問に答えられる筈はない。これは仕組んだ記事だ。
「ウソばっかりじゃない」
「落ち着けよ」

意地悪するのは好きだが、意地悪されたことが無い者は、こういう時は慌ててしまうもの。悦子はイラついてきた。
「その週刊スクープとかいう雑誌、先生の力で潰してよ」
「いいか、よく聞け。こっちもいろんな野郎が押しかけて来て仕事にならないけど、先生からの指示だ。どこにも出るな。いいか、分かったか?」

「だけど、どうにかしてよ、その記事」
「先生が動いているから、安心しろ。いいか、どこにも出るなよ」
「は、はい」
町田の電話は終わったが、やはり、どんな記事なのか見たくなるもの。
「どこにも出るなよ」と言われても、コンビニくらいなら大丈夫と、悦子は週刊スクープを買いにホテルを出た。

(続く)

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