淫魔大戦-第5話
淫魔、それは、人にこの世では味わえない淫靡な快楽の極致を与えてその果てに命を取る妖怪である。淫魔が目覚めたとき、そしてそれを人類が知ったとき、壮絶な戦いが始まった。
作家名:キラ琥珀
文字数:約2650文字(第5話)
管理番号:k107
第3話 日本
都から陸奥国へ行くには東山道しかない。
人の往来は、東海道などに比べるとはるかに少ない。
それでも白河の関までは、まだしも人通りがあり、道幅が広い。
白河の関を越えると、滅多に人が通ることがなく、道は細くなってしまう。
白河の関の先は〈道の奥〉、すなわち〈みちのく〉なのであった。
都の人から見れば白河の関の先は、ほとんど異世界なのだ。
東山道ですらこのありさまなので、東山道を外れれば、ほとんど道はない。
地元の百姓たちが利用する草深い小道しかないのだ。
文覚という名前の僧が、白河の関をはるか先まで進み、東山道を左に折れ、そのまま草原の細い道を進み、山へと入っていった。
山の中には獣道しかない。
太い根が足を打ち、藪が膝を邪魔する。
巨木が空を覆い、不気味な鳥の声がする。
人の来るところではない。
文覚は歩き続けた。
これは修行のための行脚なのか?
ちがう。
贖罪の歩なのであった。
文覚は、遠藤盛遠という名前の北面の武士であった。
時あたかも源頼朝の挙兵が噂されていた。
武士のままでいれば、源平の戦いで功名を上げたであろう。
だが彼は道を踏み外した。
同僚の渡辺渡の妻の袈裟御前に一目ぼれをし、自分のものとするため渡辺渡を殺そうとしたのである。
そして間違って袈裟御前を殺してしまった。
「嗚呼、何ということをしてしまったのか……」
遠藤盛遠は出家して文覚となり、袈裟御前の霊を弔うために自らに苦行を課していた。
都を離れて東山道をさまよい、ふと目についた山に入ったのである。
人の入らぬ山、熊が出没する森、蛇が徘徊する泥地。
こういう場所を歩けば罪が贖える……。
日が傾き、森の中はますます暗くなってきた。
それでも歩き続けた。
疲れ切ったら、巨木の根に入って寝ればよい。
寝ているうちに熊に襲われて死ぬ……、それならそれでよい。
彼方に水音がした。
そして……、明かりが見えてきた。
近づいてみると、それは家であった。
東山道の近辺でも珍しい立派な家である。
(これはどういうことだ……)
家の前には小川があり、女が水浴びをしていた。
森に棲む化生の者か、と文覚は思った。
なにしろ鳥羽上皇の玉藻前の事件は、ほんの50年ほど前のことである。
彼女が殺生石になった場所は、ここからそれほど遠くない。
別の妖怪がいてもおかしくはないのだ。
それならそれで構わない。
化生の者が地獄へ連れて行ってくれるなら、それもまた善哉なのである。
女が振り向いて文覚を見た。
「どちらさま?」
文覚は愕然とした。
この世に、こんな美しい女がいるとは信じられなかった。
彼は、誤って殺した袈裟御前こそが最高に美しいと信じていた。
しかし、目の前にいる女は、袈裟御前をはるかに超える美しさであった。
家の明かりで、水に濡れた白い肉体が輝いている。
乳房が心地よく大きい。
腰がしっかりとくびれている。
そして尻がプリプリとしていた。
股間は影になっている。
これほど完璧な女体を見たことがない。
(彼女は吉祥天に違いない)
この家を見たとき、妖怪が現れて文覚を地獄へ連れて行こうとするなら、やむを得ないとして覚悟は出来ていた。
しかし、超絶の美女の吉祥天を目の前にする準備は出来ていなかったのだ。
心臓がドキドキして、肉棒は一気に固くなった。
女は、手で乳房と陰部を隠しながら、また聞いた。
「どちらさま?」
「拙僧は文覚。仏道修行のため諸国を行脚しておりまする」
ワンパターンの挨拶ではあるが、こう言っておけば間違いないのだ。
「そうですか。それでは、今晩の宿を差し上げましょう」
女が文覚に近づいた。
「あっ、いや、それには及びません……」
文覚が断る暇もなく、あっという間に女が文覚を裸にした。
「さっ、旅の汚れを洗って差し上げますわ」
文覚がいかに仏道修行をしようとも、生理現象には逆らえない。
彼の肉棒がピンと立っていた。
彼は、それを恥じるように上を向いた。
そこには血のように赤い彗星がうっすらと見えた。
(これは夢なのか……)
文覚は小袖を着て部屋に座っていた。
小川で女が身体を洗ってくれた……。
汚れた僧服も洗ってくれて、木の枝にかけてくれた……。
小袖を着せてくれた……。
そしてここに座っている。
確かにその通りなのだが、どこか夢の中の出来事のようであった。
そこは外が見える広い部屋であった。
大きい屋敷であり、いくつ部屋があるか分からない。
しかも人の気配がしないのだ。
この規模の屋敷なら、10以上の使用人が必要なはずである。
また、女の家族も見当たらない。
彼女は、ここに独りで住んでいるのか?
(吉祥天なら、それもあり得るだろう……)
「お待たせしました」
女が懸盤を盛ってきた。
宮廷で使われる、食物を盛る正式な膳である。
懸盤には、酒が入った銚子、鯛の平焼き、零余子焼き、焼蛸、海月、海鼠、そして強飯が盛ってある。
これらも正式なものであった。
山奥で調達できる食材ではなく、よほどの達人でなければ作れない料理なのだ。
(吉祥天だからできるのだろう……)
「さ、おひとつ、どうぞ」
女が酒を勧めた。
文覚は酒を飲んだ……。
料理を食べた……。
美味であった……。
口が軽くなった……。
文覚はこの山に来た理由を話した……。
北面の武士であったこと……。
同僚の妻に一目ぼれしたこと……。
彼女を誤って殺したこと……。
出家して霊を弔っていること……。
文覚は泣き出してしまった……。
女は、優しく慰めて、手を取って隣の部屋へ案内した。
そこには寝具が延べてあり、文覚は横になり、泣き続けた。
(これは夢なのか……)
女に出会ってからのことは、すべて、どこか夢の中の出来事のようであった。
ふと気が付くと、文覚は女の胸に顔を埋めて泣いているのであった。
顔を乳房から離すと、女が優しく囁いた。
「いいのよ。このままでいいのよ」
泣いたせいであろうか、文覚は憑き物が落ちたような気がした。
袈裟御前は確かに美人であったが、いまここで肌を合わせている吉祥天にはかなわない。
贖罪は済んだ。
文覚は、還俗したい気持ちが出てきた。
平清盛に源頼朝――。
天下は風雲が荒れようとしている……。
「そうかしら」
いきなり肉棒が淫壺に包まれた。
「それでいいの?」
肉棒が締め付けられてくる。
(き、気持ちいい――)
肉の快感が全身を貫いた。
武士どうしの喧嘩など、どうでもよくなってくる……。
「そうよ。つまらないことに気をとられないでね」
淫壺の壁がうごめいて肉棒を締め付けた。
(あっ、ああああ……)
締め付けがきつくなった。
さすがに、きつ過ぎて痛い。
快楽と苦痛の中で、頭の中にひとつの言葉が浮かんできた。
「淫魔との戦いが始まる」
(終わり)
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