我愛你-第3話 3030文字 バロン椿

我愛你-第3話

39歳の主婦、高木弥生は4つ年上の夫、壮一、一人息子で中学一年の智之と小田急線新百合ヶ丘の一戸建てにつつましく暮らしていた。
だが、大学の先輩、大手商社に勤める寺田麗子の昇進祝いの会で、中国からの研修生、27歳の王浩と出会ってから、人生がガラッと変わってしまった。
王は優しく、かつての夫のようにグイグイと引っ張ってくれる。そんな王と男女の関係になった弥生は彼とは離れられなくなっていた。
編集注※「我愛你」は中国語で (あなたを愛しています)の意味

作家名:バロン椿
文字数:約3030文字(第3話)
管理番号:k098

メールに胸ときめかせ

弥生はSNS等をあまり利用していなかった。だが、翌日、王から「高木さん、おはようございます」とLINEにメッセージが入ると、香港旅行の際に覚えた中国語で、「王先生、早上好\(^^)/」と顔文字を加えて返信した。すると、直ぐに「現在上班的路上(今、通勤途中です)」と中国語で返ってきた。

後は中国語と日本語混じりのメッセージ交換になったが、「私は27歳、高木さんは?」と年齢を聞かれ、「38歳、オバサンでしょう?」と返すと、「ウソ! 高木さん、漂亮(美しい)」と嬉しくなる言葉が。そして、最後に、「我祝王先生的健康、幸福!(私は王さんの健康と幸せを願っています)」と送ると、「高木さん、中国語とても上手\(^^)/」と、彼からは顔文字付きの日本語メッセージが返ってきた。

LINEを終えた弥生は、初めてアメリカ人と英語で話した時のような、とてもハイな気持ちになっていた。
次の日からは、どちらが先に「早上好」を送るかを競うように、LINEを使ってメッセージを送り合った。

内容は「加油、王先生(王さん、頑張って)」と弥生が送ったり、「仕事中です」と、王からオフィスの写真付きで来たり、「寺田次長です\(^_^)/」なんて、寺田麗子の顔写真まで送ってきた。弥生も「洗濯してま~す」なんて恥ずかしさも忘れて自撮り写真を送った。すると、「漂亮!」と。

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全く、他の人に見られたら、「バカじゃない?」と笑われるものばかりだったが、とても楽しく、弥生もいつも王と会話をしているように感じていた。

そして、蒸し暑くなってきた6月中旬。午後3時過ぎ、洗濯物を取り込みながら、「今日も残業かな……」と王のことを考えていると、LINEの着信音が鳴り、思わず「願いは通ず」なんて笑みが浮かんだ。おまけに、メールを開けると、「土曜日、ドライブに行きませんか?」と心が動かされる誘いだった。

土曜日は、息子は午後からサッカースクール、夫は出勤することが多く、午後なら家を空けることも可能だった。
ちょっと後ろめたさはあったが、「ドライブに行くだけだから」と自分で自分に言い訳しつつ、「午後ならOKよ\(^^)/」と、いつものように顔文字付きで返信した。すると、即座に「謝謝\(^_^)/」と返ってきた。

そこで「不客気(どういたしまして)」と打つと、次の瞬間、「我愛你(あなたを愛しています)」と思い掛けない言葉がスマホ画面に青く点滅した。
単なるメル友の筈が、ボーイフレンドどころか、恋人になってしまう、弥生の心に不安が広がっていたが、嬉しさも混じる不思議な感情だった。

心は既に……

金曜日の夜、本当に久し振りに「いいかい?」と夫が布団に潜り込んできた。
勿論、「ええ」と受け入れ、夫婦のセックスが始まったが、弥生の頭には翌日会うことになっている王の顔が浮かんでいた。

松坂桃李と言ったら言い過ぎだが、笑顔の素敵な26歳の若者。その若者が後ろからおっぱいを掴み、「我愛你」と抱き締めてくる。「あんっ……あぁ……」と甘い吐息が漏れた弥生は体が捩れ、乳首がみるみる硬くなり、ツンと上向きに尖り、背筋を言いようのない快感が走った。
そして、着ている物を剥ぎ取られ、夫の手が性器に触れてきた時は、いつ挿入してもいい程に濡れていた。

だから、「悦ばせよう」、「逝かせよう」なんて思わない、夫の義務のような淡々とした愛撫でも、直ぐに「はぁはぁぁっ……」と熱い吐息が漏れ出し、「早く、早く」とペニスの挿入をせがんでいた。それに応じ、夫はいつものようにコンド-ムを勃起したペニスに被せ、「いいかい」と挿入してきた時、「待ちきれなかったの」と言わんばかりに、「あ、あなた、あなた……」と抱き付いたが、王のことが頭から離れず、体の奥のほうから、「はふぅ……あぁ、いい……い、いいっ……」と悩ましい喘ぎ声が出てきた。

そして、「はんっ……あんっ……ああっ……ああ、いぃ。いい……あふっ……」と捩れた体が衝き伸びて仰け反りうねり、危うくなった夫が腰を激しく打ちつけ、「うっ!」と逝った時、弥生も「ああっ、い、逝くっ……」と昇りつめていた。
「何か、いつもよりも凄くよかったな」
夫はそう言って悦んでいたが、弥生の心から夫の姿は消えていた。

初めてのデート

「今日も会社だ」と夫は朝から出て行ったが、午後1時の待ち合わせが気になる。洗濯に掃除を済ませても、まだ午前10時。
気持ちばかり逸り、「智之(ともゆき)、まだ行かなくて大丈夫なの?」と中学一年の息子を急かすと、「いつも12時じゃないか。まだ10時だよ」と言われる始末。しかし、運がいいことに午前11時過ぎ、「ママ、全体練習前にミニゲームをしようって誘われたんだよ」と息子が言い出し、「コンビニでお弁当を買うから」とお昼ご飯も食べずに、サッカースクールに出掛けていった。

これで何時でも出掛けられる。だけど、彼には変な顔は見せられない。弥生は逸る気持ちを抑え、いつもよりも入念にお化粧を済ますと、Tシャツにゴムの入ったウエストギャザーのスカートから、お気に入りの半袖の白いカットソーと爽やかなブルー系のベリー柄のミモレ丈スカートに着替え、足取り軽く、王との待ち合わせの新百合ヶ丘駅前に急いだ。

駅までは歩いて15分程だが、ワンブロック近づくごとに胸が高鳴り、駅前の信号で止まり、ロータリーに停めた車の横に彼が立っているのを見つけた時、無意識に「ここよ」と小さく手を振っていた。そして、信号が青に変わると、にっこりほほ笑む王のもとに小走りに近づくと、「こんにちは」と言ったものの、声が上ずっていた。

知り合いに見られたら、「どうしたの、高木さん、あんなに嬉しそうな顔をして?」と訝しがられることは間違いない。「あ、こ、こんにちは」と迎えた王も戸惑うほどだった。だから、「え、だって、ドライブでしょう、嬉しくって」と取り繕ったが、恥ずかしくて顔は赤らんでいた。

王の車は中古の軽自動車。小さくて狭いから、車に乗ると王も緊張しているのがよく分かる。しかし、車を走らせ5分もすると、それも解れ、「いいなあ、白いのって」と王が弥生のカットソーを褒め、「だってデートだから」と弥生は笑う。
そうこうする内に、車は多摩川を渡り、狛江に入った。

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「あの、王さん」と弥生が行き先を尋ねようとしたが、「『ワン』と呼んで下さい」と遮った。王にとっては「おう」と日本語読みされるのも、「ワン」と中国語読みされるのも慣れていたから、何とも思っていない。でも、親しくなるのだから、ちゃんと名前を呼んで下さい。そんな気持ちの表れだったが、弥生の受け止め方は違っていた。

王さん、日本語読みされるのが嫌なんだ……咄嗟に「あっ、ごめんなさい」と謝ると、「『弥生』って中国語ではなんて言うの?」と甘えるように尋ねた。

大手商社は「生き馬の目を抜く」世界だから、そんな気遣いは無縁。だが、弥生は、初めて会った時も、「とても日本語がお上手よ」と褒めてくれ、王はそういう弥生が好きになっていた。だから、そんな口調で聞かれると、顔がほころび、「『ミィシォン』と読みます」と、こちらも甘い声になるが、その「ミィシォン」の音の響きが弥生の心を動かし、「素敵だわ。ねえ、ワンさん、これからは私を『ミィシォン』と呼んでね」と微笑んだ。

中国では、相手に名前を呼び捨てにさせることは、「あなたは私の親しい人」と認めること、いや、王にとっては「あなたは私の恋人よ」と告白されたことに等しい。

(続く)

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