闇の男-第9話
日本の夜の世界を支配する男、武藤甚一(じんいち)と、それに立ち向かう元社会部記者、「ハイエナ」こと田村編集長らとの戦いを描く、官能サスペンス長編。
作家名:バロン椿
文字数:約3020文字(第9話)
管理番号:k077
社長室
8月ももう少しで終わると言うのに、厳しい暑さは続いている。
じっとしていても汗が流れる。
「暑いわね。美智代さん、お元気?」
「あ、はい」
「何か特別なお仕事をしているって聞いたから、心配していたのよ」
アートギャラリー・マチダに勤めて3ケ月たったが、悦子はいつも社長室に入って、何かこそこそ話し込んでいる。
そんな胡散臭い悦子が、美智代は嫌いだった。
だから、その彼女から意味ありげなことを言われると、全てを知られているようで、非常に不愉快だった。
「悦子、あまり苛めるなよ、大切な商品だぞ、美智代は」
社長室に入ると、悦子は町田から諫められた。
「あら、聞こえてた?」
「聞こえるよ、開けっ放しだぞ」
「分かったわ。もう苛めない」
「頼むぞ」
“勝手知ったる他人の家”、悦子は隅に置いたコーヒーメーカーからカップにコーヒーを注ぐと、「ところで話って何?」とソファーに腰を下ろした。
「ああ、雄介のことだ」
町田はデスクから立ち上がると、コーヒーカップを手にソファーに移り、「あいつ、どうしているかなと思ってね」と言った。
脚を組んだ悦子は、「泣き出しそうだったのよ」と笑って、先日の事を話した。
「釣り糸で縛られたら痛てえよな」
「そんなの知らないわよ。オチンチン、私には無いんだから」
悦子は醒めたように笑ったのを見て、町田は頭を掻きながら、残っていたコーヒーを飲み干した。
「でも、雄介よりも、彼女は大丈夫なの?」
「美智代は逆らえないよ。スタイリストの洋子ちゃんに聞いたら、武藤先生に絶対服従だそうだ」
「さすがね、あの迫力だから」
改めて感心した悦子はタバコを取り出し、火をつけた。
「さっき、連絡があったんだ。二人を合わせるって」
「でも、大丈夫かな。ビビっちゃって、どうにもならないかも知れないわよ」
「その時は、お前が手助けするってことだよ」
ニヤッと笑った町田はデスクの上のメモを取ると、「それで、急なことだが、明後日の午後5時、あいつを連れて『三益』に行ってくれ」と悦子に渡すと、悦子はそれを見て、クスッと笑い、「じゃあ、これで」と社長室を出て行った。
旅館「三益」
旅館「三益」はアートギャラリー・マチダから車で10分程のところにある、
表向きは全く普通の日本旅館だが、敷地の奥にある「特別室」は「先生」や町田たちにとって、最も重要な場所である。
そこは木々に囲まれ、本館からはよく見えない。
外見は平屋建ての日本家屋だが、地下には拘束室が設けてあった。
「いらっしゃいませ、お待ちですよ」
悦子が雄介を連れて行くと、裏木戸には顔見知りの仲居頭、峰子が待っていた。
「明後日の午後5時」、指定された時間よりもまだ10分早いが、「先生」はもう来ているらしい。
「あら、いけない。急がなくちゃ」
時間に厳しい「先生」を待たせる訳にはいかない。
急かされた雄介はますます不安になった。
一昨日、悦子から電話があった。
「先生からの電話で、明後日の午後5時に来て欲しいって」
「えっ、先生が」
雄介はすぅーと息を飲んだ。
電話越しにも悦子に、彼が緊張している様子がはっきりと分かった。
「この間はすまなかったと言っていたわ。そのお詫びだって」
「いえ、そんなお詫びなんて、僕はいいよ」
お詫びだって、ウソだろう……
「そのうち、借りを返してもらうから」
あんなことを言ってたんだぞ。きっと何かあるんだ……
ビビる雄介に悦子は追い打ちを駆ける。
「ダメよ。先生の言うことに逆らったら、どうなるか、私、知らないわよ」
「そんなこと言わないでよ」
あの怖さは忘れられない。
雄介は泣き出したくなってしまったが、最後に妙なことを付け加えてきた。
「それから、女も来るけど、嫌われないようにね」
「何だよ、女って?」
「君の相手よ」
「相手って?」
「バカね。決まってるじゃない、セックスのよ」
「先生」と向き合うことは怖くて嫌だが、そんな話を聞かされると、興味が湧いてくる。
「じゃあ、いいわね?」
「あ、いや」
「遅れないでよ」
そんな訳もあり、普段はTシャツにジーンズなのに、今日は半袖のボタンダウンのワイシャツとスラックスと少しばかり着飾ってきた。
「さあ、どうぞ」
仲居頭の峰子が玄関へ案内してくれたが、悦子はそこに上らない。
「えっ、どうして?」
「私は呼ばれてないの」
「そんな」
一人で会うなんてとても出来ない。
雄介は慌てて三和土に降りたが、「もう男でしょう。しっかりしなさい」と悦子に押し返された。
「さあ、お待ちですよ」
峰子にも促され、いよいよ、雄介は覚悟を決めて「先生」と対峙しなければならなくなってしまった。
顔合わせ
その頃、奥の座敷では、涼しそうな絽の着物を着た「先生」が「お前の相手、川島雄介が間もなく来る」と美智代に〝最後通告〟をしていた。
「あの、どうしてもでしょうか?」
美智代は声が震えていた。しかし、「先生」は聞く耳を持たない。
「今日は熟れたお前が若い男に抱かれて悦ぶ姿をじっくりと見させてもらうからな。あははは」
そこに、「お連れしました」と仲居頭の峰子の声が聞こえてきた。
「ははは、いよいよだな」
ニヤッと笑った「先生」が「ご苦労」と答えると、襖が開き、雄介が入ってきた。
「あ、あの、こ、こんにちは」
彼も緊張で声が震えている。
「まあ、堅苦しい挨拶は抜きだ。そこに座りなさい」と美智代の隣を指し示したが、「は、はい」と返事をするのが精一杯、まともに「先生」の顔を見れない。
すると、「おいおい、そんなに緊張してちゃダメだね。せっかくご馳走しようと呼んだのに。ああ、そうだな、服を脱いで裸にでもなるか?あははは」とおどけて見せるが、笑うに笑えない。
そこへ料理が運ばれてきた。
「お待たせしました」と目に前に、料理を盛ったお皿や小鉢が次々に座卓の上に並べられていくが、雄介は隣が気になり、チラチラと美智代のことばかり見ていた。
「どうだ、川島、気に入ったか?」
「え……」
「惚けるな。さっきから美智代のことばかりを見ているじゃないか」
「先生」は何も見逃さない。
「遠慮するな。お前に紹介する女だ。根岸美智代、いい女だろう?もっと近寄って、おっぱいでも触ったらどうだ」
「い、いえ、ぼ、僕は」
「ははは、純情だな、お前は」
からかわれた雄介は顔が赤くなったが、改めて美智代を見て、ドキッとした。年は30歳くらいだが、頬がきれいな美人、それに、ニットのワンピース越しに胸の凹凸がはっきり分かる。
(ということは、この人と……)
雄介の頭に淫らなことが浮かんだが、そんなことも「先生」は見透している。
「チンポが硬くなったか?」
「ち、違います」
「いいんだ、いいんだ、言わなくても分かるぞ、お前の気持ちは。あははは」
美智代はずっと下を向いていたが、「美智代」と呼ばれ、顔を上げると、「いい男だろう、こいつは」と言われた。チラッと横を見ると、目が合い、互いに慌てて目を逸らした。
「ははは、恥かしいか?あははは」
「先生」は大笑いするが、いたぶりは終わらない。
「こいつのチンポは細いが硬くて長いらしい。美智代、マン●の奥まで届くまで突いてもらえ。あははは」
美智代はハンカチを握る手が悔しさで震えていた。
「さあ、食べるか」
「先生」は箸を動かし、料理を口に運ぶが、美智代はとてもそんな気持ちになれない。
しかし、「どうした?具合でも悪いのか?青白い顔をしているぞ」と意地悪く聞いてくる。
もうこれ以上、あれこれと言われたくない美智代は「何でもありません」と箸を取ったが、何を食べても美味しくない。
(続く)
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