浅川健太郎の告白-第15話
私、浅川(あさかわ)健太郎(けんたろう)は46歳。会社は中堅だが次長。一応名前の通った私立大学卒だが、自慢する程ではない。
こんな私にも、いくつかの女性遍歴がある。
内緒にして頂くことを条件に、こっそり貴女だけにお話するので、笑わずに最後までお聞き下さい。
作家名:バロン椿
文字数:約2690文字(第15話)
管理番号:k143
「あん、いやん……」
甘い声を出した光江さんもやがて「はぁー」と息を吐いたり、「うっ」と声を出したり、感じているようで、嫌がらずに私に好きにさせてくれる。そして、「はぁ、あっ、あっ、いい、いい……」と堪えられなくなってくると、くるっと向きを変えた光江さんは、チュッ、チュッ……と私に唇を合わせてきた。
でも、バスタブではそこまで。浴室を出て部屋に戻ると、私たちは布団に倒れ込んだが、私は迷わずに彼女の下腹部に顔を埋めた。
「あっ、あ、もう、いきなり……」
光江さんはそんな言葉を発したが、勿論、嫌だった訳では無い。すぐに「はあー、はぁー、はぁぁ……」と息が荒くなって、「あっ、あっ、い、い、いい、いい……」と喘ぎ、そこは濡れてヌルヌルに。私は攻め手を緩めず、手を使って小陰唇を開いてクリトリスを口に含むと、「い、いい、そこ、あなた……あっ、あっ、いい、いい……」と大きな声を発するようになってきた。
顔を上げたら、光江さんの下腹が、ふくらんだりしぼんだり激しく上下している。私のチンポも硬く太くなっている。体を起こすと、自然と光江さんの太腿を抱え、そのチンポをパックリと口の開いた小陰唇にあてがった。コンドームを付けることなど、頭になかった。そのまま覆い被さると、誠にスムーズにチンポが膣の中にすっぽりと収まり、再び私たちは一つになった。
気持ちいい。無上の悦びというか、なんというか・・一回目の時よりも、もっと嬉しい感じがして、私は腰が自然と動き、光江さんも「そこ、そこ、い、いい、いい、あっ、あっ、あああ、あああ……」と快感に浸っているように思え、膣が痙攣しチンポを締め付けてきたようにさえ感じた。
そんな具合だから、抜き差しする度に、膣の肉襞でチンポが擦れ、早くも逝きそうになってきたが、ここではまだ逝けない。何とか堪えて、「もっと、もっと突いて……」と光江さんの呻きに応えようと、彼女の両脚を肩に乗せ、深く挿入して腰の動きを速めた。すると、光江さんの喘ぎが「はぁ、うぅぅ……あぁぁ……いぃぃ……」と一段と激しくなって、たちまち「いい、いい、逝く、逝く……」と頂点へと昇り詰めてきた。私も歯を食いしばっていたが、堪え様にもどうにも堪え切れず、腰を深く打ち付けると、「うっ、う、うぅぅ……」と呻きながら光江さんの中にドクドクドクッと多量の精液を放出してしまった。
燃えた、燃えた夜
こうして体の関係を結んだ私と光江さんは、度々、湯島のホテルで〝熱い夜〟を過ごすようになった。
「まだダメよ」
シャワーを浴びながら、股間を弄る私の手をピンと叩いた光江さんは、「あっちで」と浴室の外を指差した。
焦ることはないかと、濡れた体をタオルで拭った私は、枕元の灯りだけを残し、薄暗くした部屋の中、素っ裸で布団に潜り込み光江さんを待った。
既にチンポは硬く、早く来いよと思っていると、浴室の蛍光灯が消え、私と同じく素っ裸の光江さんが布団の中にそっと脚から滑り込んできた。
私は「光江さん」と荒々しく抱きしめると、彼女は私に応じて身を任せながらも、ぐいと顔を上向かせた。そして、艶やかな朱色の唇を私の唇に押し付けてくる。チュッ、チュッ、チュッパ……吸いつ吸われつ、濃厚な口付け。私が舌を射し込めば、光江さんがそれに絡ませ、二人の唾液も混じり合う。そうしながら私は、二人が被っている布団を跳ね除け、露わになったおっぱいを揉み上げると、すぐに「はぁ、はぁ、はぁ……」と悩ましい息を吐き出してくる。
私は体を下げ、光江さんの股間に顔を埋めて小陰唇に舌を這わせた。既に濡れている。光江さんも「舐めて……」と股間を押しつけてくる。割れ目に舌を差し入れると、「はぁっ、はぁっ、はぁぁ……」と息が荒くなる。人差し指と中指を重ねて膣に挿入すると、「はぁ、あっ、あっ、いい、いい……」と私の髪を掴む。そして、クリトリスにしゃぶりつくと、「あっー、あー、いや、あーっあーっ……」と髪を掻きむしる。
私たちの行為は単純で、股間を舐めたら正常位で交わるだけだが、相性がいいというか、起き上がって挿入すると、たちまち「そこ、そこ、いい、いい、あっ、あっ、あああ、あああ……」と喘ぎが大きくなる。私も「み、光江さん」と呻き、腰の動きが速くなり、「いい、いい、逝く、逝く……」と私にしがみついてきた。私も限界。
「あ、あ……う、うっ、うっ……」
爆発といってもよい勢いで、精液が光江さんの膣の中に噴き出した。
別れは、私の未熟が原因だった・・・
今思い出してもチンポが硬くなる、燃えに燃えた夜ばかりだった。
私は光江さんに夢中で、仕事をしていても彼女のことが頭に浮かび、昼休みに電話を架けることさえあった。
プライベートでは勿論、取引先接待でも小料理屋「まきの」は使ったが、光江さんに会いたい気持ちばかりが先行してしまい、「ここは魚を下田港から直接仕入れていますから、金目鯛はどうですか?」と取引先に勧める前に、「元気だった?」なんて光江さんに囁くことがあったりした。
自分にはそういうつもりは無かったが、こういうことに周りは敏感。「あれ、浅川さんの彼女?」と冷やかされることもあった。何も言わなかった女将さんも、「あなたたちの仲がどうなっているか知らないけれど、『俺の女だ』なんて態度をしちゃダメよ。お客さんは『あの仲居のサービスが良かったから』と楽しみにしてくるのに、『なんだよ、あんたのデートの付き合いか』と面白く思っていないわよ」と叱られてしまった。
私はまだ20代で世の中が分かっていなかったので、素直に聞けず、「うるさいなあ」くらいにしか感じていなかった。
だが、しばらくすると、その忠告通り、取引先から「『まきの』ですか・・・違うところに行きませんか?」と言われるようになってきた。
それで、接待で「まきの」を使うことは無くなってきたが、プライベートでは通えば良かったのだが、女将さんの言うことを無視した手前、バツが悪く、足が遠のいてしまった。
ちょうどその頃、タイミングが良いというのか、悪いというのか、会社から3ヶ月間のアメリカ出張を命じられ、光江さんとの仲は自然解消というか、終わりになってしまった。
あれから約20年。つい最近、仕事で千代田区九段下に行ったついでに、どうなっているか路地を覗くと、「まきの」はあった。
だが、あの時、女将さんにも光江さんにも、お礼どころか別れの挨拶もしなかった私が、どの面下げて「ご無沙汰です」と暖簾を潜れるか・・・
そのまま引き返してきたが、女将さんも光江さんもまだ60歳代。病気さえしていなければ、笑顔で過ごしているはず。そう願うばかりだ。
(終わり)
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