我愛你-最終話 2510文字 バロン椿

我愛你-第12話

39歳の主婦、高木弥生は4つ年上の夫、壮一、一人息子で中学一年の智之と小田急線新百合ヶ丘の一戸建てにつつましく暮らしていた。
だが、大学の先輩、大手商社に勤める寺田麗子の昇進祝いの会で、中国からの研修生、27歳の王浩と出会ってから、人生がガラッと変わってしまった。
王は優しく、かつての夫のようにグイグイと引っ張ってくれる。そんな王と男女の関係になった弥生は彼とは離れられなくなっていた。
編集注※「我愛你」は中国語で (あなたを愛しています)の意味

作家名:バロン椿
文字数:約2510文字(第12話)
管理番号:k098

告白

2020年3月、「我回来(帰って来たよ)」と、ようやく王は中国から戻ってきたが、弥生は会わなかった。いや、会えなかった。
「体に気を付けなくちゃ」
夫は毎朝、出勤前に必ずこう言ってお腹を撫でていく。

産むと決めた2月中旬、「赤ちゃんが出来たみたい」と告げた時、夫は「ま、まさか」と俄かには信じられない様子だったが、病院の診断書を見せると、「や、弥生!」と息子がいるのに抱き締めてきた。

それからと言うもの、何かにつけ、「重いものは持つな」と言うのは分かる。「買い物は私が一緒に」と、新婚の時の様なことを言い出したから、おいそれと家を出ることすら出来なくなっていた。

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だから、王からは「愛你」で始まるメールが毎朝届き、「早上好、請注意身体(おはよう、体に気を付けて)」と返すが、「会いたいなあ」との誘いには「風邪を引いたみたい」と断っていた。時節柄、「そうですよね。コロナになったら、大変ですから」と王は無理なことは言わなかった。

ところが、3月半ば過ぎから「今日は30人が」、「今日は60人が」と日々発表される新型コロナウィルス患者数が増加し、とうとう4月には緊急事態宣言が発動され、本当に外出できる状況ではなくなった。

そして、日々に膨らんでいくお腹。弥生はこのまま何も告げずにいようと思っていた。しかし、日々届く優しさ溢れるメールを読むにつれ、「ダメよ、はっきりとしておかないと」と心の叫びに背中を押され、5月下旬、「赤ちゃんが出来たの」と本当のことを知らせた。

すると、直ぐに王から電話が架かってきた。だが、「ミィシォン、私の……」と言いかけたところで、口籠る。自分の子供だと聞いて、それじゃあ、何が出来る?「産んで下さい」なんて言えるのか? 若い王がそうなるのは当然かも知れない。
分かっています。分かっているのよ、そのことは……「大丈夫。ハオは何も心配しなくていいのよ」と、弥生はまるで親が子供を諭すようにそう言って落ち着かせると、「男の子だったら『浩一』と、女の子だったら『浩子』って名前にするから」と伝えた。

「謝謝、謝謝」
電話の向こうで、王が頭を下げている様子が目に浮かぶ。それから、「請注意身体、好好休息(体に気を付けて、ゆっくり休んで下さい)」と言ったところで、一旦、声が詰まったようで、それから、「也我們的宝宝的健康、幸福(私たちの赤ちゃんの健康と幸せを願います)」と大きな声が響いてきた。
もうそれだけで、弥生は胸が一杯だった。

二人だけの秘密

8月。連日、うだるような暑さ。妊婦には堪えるが、王からの「愛你、請注意身体、好好休息(愛してるよ。体に気を付けて、ゆっくり休んで下さい)」とのメールに日々励まされる。

一方、金子めぐみと吉川部長は、やはり悲しい結末だった。
「ねえ、どだい無理なのよ。めぐみさんには悪いけど、部長が奥様と別れるなんて、それはあり得ないのよ。だって会長が仲人なんだから」
寺田麗子が知らせてくれたが、その前に電話をくれためぐみの方も「ゴタゴタはごめんよ」とあっさりしていた。

「だけど、弥生さんはラブラブね。ふふふ、羨ましいわ」
励ましたのか、冷やかしたのか、麗子もめぐみもそんな風に言ってくれた。ということは、王との関係は全くバレていない。弥生はほっとしたが、別の心配がある。なにせ、子供を産んでいるとはいえ、それは14年も前のこと。それに40歳という年齢のことを考えると、初産の時よりも緊張している。

そして、9月。いよいよ予定日が近づいた。
「買物なんか行くなよ」と夫は出て行く。それと入れ替わるように、「愛你、請注意身体!(愛しているよ、体に気を付けて!)」と王からのメールが届く。

ふふふ、大丈夫よ……はちきれそうに膨らんだお腹を撫でた弥生は、「謝謝、加油浩(ありがとう、ハオ、頑張って)」と返すと、「了解!」と日本語ですぐさま返信がある。清々しい朝だ。
スマホを置いた弥生は、さあ、準備しておかなくちゃと出産に備え、入院の準備を始めた。

「今夜かな?」
出勤前、夫は改めて確認していた。
「でも、その通りにはいかないけど」
「いや、医者の見立てだよ。可能性は高いから、今日は早く帰ってくるから」

夫はそう言って出勤していった。そして、午後6時頃、「ただいま」と本当に早く帰ってきた。しかし、予兆らしきものはなく、少し遅れるかな?と思っていた午後10時少し前、お風呂から上がった弥生は破水した。

「あ、あなた」と叫ぶと、「弥生、落ち着きなさい」とリビングから夫が飛んできた。すぐさま、夫の運転する車で病院に駆けつけ、診察してくれた医師は「陣痛の間隔と子宮口の開き具合をみましょう」と、弥生を病室に寝かせた。

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だが、なかなか子宮口が開かない。早く開いて、お願い……そう思っていても、痛いだけで、何も変化がなく、午前0時はとっくに過ぎたが、眠気なんか少しもない。
ああ、朝までこんな感じかなと思っていると、様子を見にきた看護師が「そろそろですかね」と医師に連絡し、午前3時頃、ようやく分娩室に移動になった。

あとは、早く終わって欲しいの一心、赤ちゃんが産道を通って出てきた瞬間、「ああ、産まれる!」、そして、産声が聞こえた時は、「ああ、終わった」とほっとしていた。
それから、「3250gの女の子ですよ!」と看護師から言われ、涙が止まらなかった。

分娩室から出て、和室に布団が敷いてある個室に移され、母子並んで寝かされている時、じわじわと喜びが湧いてきた。
夫は待望の女の子に「よくやった!」と大喜びだが、この子は王の子供。
決して明かすことの出来ない秘密。

まだ実家から母親が到着せず、「ちょっと智之に連絡してくる」と夫が部屋を出た隙に、「我們的女儿出生了!(私たちの女の子が生まれました!)」と王にメールした。すると、直ぐに、「弥生、ありがとう、本当にありがとう」と日本語で返事が返ってきた。

涙が溢れ、「可愛い赤ちゃんですよ、しっかり育てますから」とメールを送ろうとした時、「弥生、女の子だって!」と母親が顔をくしゃくしゃにして入ってきた。
いいわ、後で送るから……スマホの電源を切った弥生は「お母さん」と笑顔で母親を向かえていた。

(終わり)

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