私の「ヰタセクスアリス」-第8話 3380文字 バロン椿

私の「ヰタセクスアリス」-第8話

私ももうすぐ55歳。そろそろサラリーマン生活も終わりが見えてきました。でも、あっちの方はまだまだ引退するつもりはありません。
明治の文豪、森鴎外は自身の性的な体験を「ヰタセクスアリス」という小説に書き上げていますが、私も森鴎外先生を真似て、自分の性的な体験をまとめてみました。
つまらぬ話ですが、是非お読み頂ければ幸いです。

作家名:バロン椿
文字数:約3380文字(第8話)
管理番号:k096

第四章 エキサイティング・チャイナ

まさか、支店長とは

4月1日、人事部長に呼ばれ、「へへへ、どこかな」と思っていたら、「椿さん、営業の最前線に立って下さい」と、考えもしなかった支店長を拝命しました。
課長代理、課長というレベルでは支店の営業を率いた経験はありますが、副支店長を経験していない私に支店長を……頭取も大変な決断をしたものだと思いました。

でも、自信はありました。だって営業には奇策なんかありません。企業でも個人でも、とにかく毎日のように通って信頼して頂ければ、取引は獲得できます。そのためには、愚直に頑張ることです。しかし、支店に赴任してみると、「何?不在だった?お前、それで帰ってきたのか。バカ野郎!もう一度行って来い!」なんてことを言えば、「パワハラ支店長」とたちまちコンプライアンス・ホットラインに通報され、あっという間に支店長を首になる世の中です。やり難いったらありゃしない。

「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」
大日本帝国海軍軍人で、太平洋戦争開戦時の際の連合艦隊司令長官を務め、真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦をはじめとした歴史的にも有名な作戦を指揮した山本(やまもと)五十六(いそろく)大将の、こと言葉通りです。

課長やその部下を連れて、お取引先に足しげく通い、支店長自ら提案しては「社長、よろしくお願いします」と頭を下げる、この姿を見せないと、部下社員どころか、課長もなかなか本気になって営業に取り組んでくれません。

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しかし、副支店長が出来る奴で、「ほらほら、いつまで支店長に甘えているんだ。課長が先頭に立って引っ張らなかったら、『殿、ご出馬です』と支店長にダメ押ししてもらうことができないじゃないか」と、嫌われ役を買って出てくれ、夏前には店内は盛り上がり、9月の業績も目標をクリアする見込みが出てきました。

そんな頃、有力お取引先のソフトウェア会社から、「10月下旬に中国の提携先を見学に行きませんか」とお誘いを受けました。私も着任6ケ月、まだまだ「よちよち歩き」の支店長ですし、当然、本部の支店監督先部署からは「何で提携先の見学に行くの?」と芳しくない返事がありました。だから、「いやあ、申し訳ございません」と断るつもりでした。

しかし、そのお取引先を一緒に訪問した担当常務が「椿君、お客様がこんなに熱心に誘ってくれるのだから、行ったらいいじゃないか」と背中を押してくれました。こうなると、反対していた支店監督先部署も「飛行機はビジネスクラスをお使い下さい」と現金なものです。
それで、出発の前日に、その担当常務に「行ってきます」と挨拶に行った時です。

「なあ、椿君。コンプライアンスなんて堅苦しいが、今は時代だから仕方がない。しかし、中国は日本とは違って法律が違うぜ。『郷に入れば郷に従え』と言うじゃないか。楽しんで来いよ」なんて、粋なことを言うじゃないですか。

私はこれを初任支店長として頑張り、目標以上の上期業績を上げたことに対する「特別ボーナス」と受け止め、「はい、それでは日中友好に努めて参ります」と最敬礼しました。
これには、さすがの担当常務も「ははは、しかし、新聞には載るなよ」と笑っていました。

你好

色々ありましたが、担当常務の意味深な言葉を胸に、私はお取引先の浅井社長と2泊3日の予定で、天津、北京を訪ねる中国出張の旅に出掛けました。
羽田―北京間は僅かに4時間、午後1時30分少し前、飛行機は北京首都国際空港に到着しましたが、もの凄く広い空港です。

「椿さん、めちゃくちゃに広い空港ですから、はぐれないようにして下さい」と浅井社長から注意されましたが、確かにとんでもなく広い。飛行機を降りてから入国審査ゲートまで20分以上も歩きます。

しかし、字が読めるというのはいいですね。現在、中国で使用しているのは簡略化された字ですが、全く読めない訳でもありません。それに、入国審査官は無味乾燥な人ばかりと聞いていましたが、「你好(ニーハオ)」と言えば、「你好(ニーハオ)」と返してくれるし、「謝謝(シェーシェー)」と言えば笑顔も返してくれる。第一印象は悪くありません。

そうは言っても、広すぎます。入国審査ゲートから空港内を地下鉄で2駅も移動し、そこから10分程歩くと、ようやく迎えの車が待機する駐車場に到着。お迎えの車はトヨタのアルフォード。

「どうぞ、お乗りください」と迎えに来ていた浅井社長のところの横山さんに勧められ後部座席に乗りましたが、後部座席で良かった。車は市内を抜けて一路天津へとぶっ飛ばす。本当に文字通りぶっ飛ばしている。

「驚いたでしょう?とても日本人には運転出来ませんよ。まるでF1レースみたいです。街中でもそうですから」と横山さんは笑っていたが、私は笑うどころではありません。シートベルトを締めるのは勿論、アームレストをぎゅっと握り締めていました。
北京首都国際空港を出てから約2時間、車は天津市内に入りました。

「渋滞抑制、大気汚染抑制、治安維持、いろんな理由で天津の車が北京市内に入るのは制約があります。今日は運良く、許可が取れましたので、天津の車でお迎えにあがりましたが、途中で乗り換えることがあります」と助手席から横山さんが教えてくれました。
ニュースなどで報道されているように車のナンバー末尾での規制に加え、登録都市による制限があるそうです。

「片側4車線ですか……あれ、交差点付近は側道が増えるから、5車線ですか。広いですね」
「ははは、椿支店長、こんなんで驚いちゃダメですよ。北京では直ぐに高速道路に入ったからお見せできませんでしたが、幹線道路は6車線や8車線です。上海もそうですね。国土が広いから、造る時はとんでもなく広く造るんです。しかし、交通マナーは最低です。ウインカーを出さない車線変更は当たり前、平気で車線の真ん中を走ったり、クラクションを一杯鳴らしたり、驚くより、あきれてしまいます」

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「よく事故にならないですね」
「ほんと、不思議に思いますよ。」
何度も中国に来ている浅井さんも呆れていました。

「椿支店長、見てて下さい……ほら、あそこの女性、赤なのに携帯で話しながら横断しているでしょう。凄い人たちですよ」
横山さんが指差す方を見ると、30前後のOL風の女性が赤信号に変わっているにも関わらず、〝歩きスマホ〟で道路を横切っていた。

「こんな中でも、〝歩きスマホ〟ですか?」
「本当にたくましいと言うか、図々しいと言うか、ここの人たちの神経はどうなっているのか、全く理解出来ません」

夜の天津

「椿支店長、お疲れになったでしょう。会議や視察は明日ですが、今夜は懇親会を予定させて頂いております」
ホテルでチェックインを済ませると、時刻は午後5時を過ぎていた。

「横山さん、そんなにお気遣いされなくても」
「椿さん、勘違いしてはダメですよ。あなたの慰労会じゃなくて、横山さんたち、現地駐在の人達の慰労会ですよ」
浅井さんが私の肩を叩いて笑っていました。

全くボケています。照れ隠しに「あれ、いや、すみませんな。気が利かないもんですから。ははは」と笑うと、「ははは、椿支店長、十分に気を利かして頂いてますよ」と、横山さんも大笑いです。

まあ、こんなことはともかく、「天津は海鮮料理がうまいんですよ」と横山さんが、「私もここに来たら、絶対に海鮮料理と決めていますよ」と浅井社長が勧めたように、海鮮レストランでの食事は素晴らしかった。しかし、印象に残ったのはこんなことではありません。当然の様に二次会に繰り出しましたが、行き先は女の子とよろしく遊べるカラオケです。

しかも、天津の女ボスと言われるママが経営する〝王冠〟らしい。
その時、「中国は日本とは違って法律が違うぜ。『郷に入れば郷に従え』と言うじゃないか。楽しんで来いよ」と言った担当常務の顔が浮かんできました。

「そうだ、コンプライアンスは日本国内の話。ここは管轄外」と思わず独り言を口にすると、「何ですか?」と浅井社長に聞こえてしまいましたが、「浅井さん、彼らの慰労会でしょう。コンプラなんかクソ喰らえってことですよ」と私が開き直ると、やはり、社長です。
「ははは、コンプラなんかクソ喰らえですな。さあ、行きましょう」と浅井社長は全てを理解してくれました。さあ、いざ出陣です。

(続く)

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