ビッグさん-第4話
冴えない埼玉の主婦が新宿のアクアリウムレストランで開かれたシークレットパーティーに参加する物語
作家名:ステファニー
文字数:約3000文字(第4話)
管理番号:k084
「寿(じゅ)華夢(げむ)さん、お久しぶり」
めあさんの表情がパッと華やいだ。
対照的に私は、新たなる大物の登場に少したじろいだ。寿華夢もまた、このサイトでは古株の有名人で、めあさんと並んで閲覧数はトップクラスだ。
様々な夫婦関係を美しい文体で綴る作風が人気を集めているらしい。
「いやいや、野暮用が立て込んでしまいましてね。前回は失礼することにしました」
「すごく寂しかったわ」
「それはそれは、申し訳なかった」
「そうそう、今日は新入りさんがいらしてるの。ケイトリンさんよ」
めあさんは私を寿華夢に紹介した。
「初めまして。ケイトリンです。よろしくお願いします」
「どうも、こちらこそよろしく。寿華夢です」
寿華夢は正面から見ると、さらに好印象な男であり、表現しがたい引力があった。私の勤め先にいる国家公務員には決していないタイプだ。
「ケイトリンさんの作品は可愛らしいと私は思うの。寿華夢さんもそう思いませんこと?」
「確かに確かに。若い女の子のポップなシーンがよく描けていて、凄い逸材が出てきたな、と思ったものだよね」
私は、性に奔放なキラキラ生活を送る女子大生や若いOLを描いている。友人とのパーティーだったり、海外旅行やお稽古など、人生を大いに愉しむ女子がいつも主人公だ。言うまでもなく、これは私の人生の裏返しで、私が経験できなかったことをキャラに演じさせているに過ぎない。
「そんな、おふたりに褒めていただけるなんて、恐れ多いです。私なんて閲覧数は少ないですし、実際にはつまらない人生を送ってますから」
「つまらない人生だなんて。ここに来ている時点で、そうではないと思いますけど。もしそうだったとしても、今日を境にこれまでとは決別なさるはずよ」
めあさんはそう言って寿華夢と目を合わせて妖しく笑った。寿華夢に至っては声を立てて笑っている。
その時、私の横をかなりの大男が通り過ぎた。日本では滅多にいないような大柄でいかつい男で私は少し慄いた。
彼が離れたのを見計らって、めあさんがまた私に耳打ちした。
「今の、田端ゴリラさん。通称ビッグさんよ」
田端ゴリラは人妻凌辱物を得意とする作家だ。私は正直に言って好きになれないジャンルのため、あまり目を通していないが、その筋にはコアなファンが多いらしく、閲覧数と比較してレビュー件数が非常に多い。
「あなたも今にわかるわ。彼が何故、ビッグさんと呼ばれているかが」
めあさんは私の肩にポンと触れた。その瞬間、私の背筋に冷たいものが走った。
ここで私は気づくべきであった。
フロアにいる女性がやけに露出の高い召し物を見に纏っているな、と。
めあさんが寿華夢に伝えた「寂しかったわ」は、単なるお目にかかれずに残念だった、という意味ではないということに。
高級そうな店にも関わらず、店員が客をきちんと会場まで送り届けない違和感に。
窓もなく、人目につかない、こんな部屋で、まともな社交パーティーなど開かれるはずがない、とも………。
肩に触れためあさんの手が私から離れた時、フロアの灯りがふっと消えた。停電だろうか。地上で何らかの災害が起きている可能性もある。非常ベルは鳴っていないか耳をすませようとしたが、こんな地下では聞こえるはずもない。私は東日本大震災を機に、職場が作成した非常時のマニュアルを必死に思い出そうとした。
しかし、焦る私とは反対に、周囲からは悲鳴の一つも聞こえてこない。それが逆に不気味だった。私はめあさんと対応について話し合おうと、声を掛けようとした、その矢先だ。
一筋の光がフロアに射し込んだ。同時に、重低音の効いたダンスナンバーがかかり出した。そして何か銀色に光った物が、宙を舞った。その後、ミラーボールか何かが回り出したようで、点滅したライトが部屋中を駆け巡った。
目が慣れてきて、私はギョッとした。
AZUMIが脱いでいたからだ。先程見た、銀色の浮遊物はAZUMIのドレスだったのだ。
見ればAZUMIのバックには男性が絡んでおり、AZUMIのマスカットのようにみずみずしい乳房を揉んでいた。それだけでなく、ハイジニーナにした女の半島は、前後に動いており、すでに挿入と抽送が始まっているのだと、一見してわかった。
まずい。ここに居てはならない。私は既婚者なのだ。国立病院の事務職という肩書きだってある。
まだ電車はふんだんにある時間帯だ。即刻、ここを出て、もう二度と足を踏み入れなければ、問題はあるまい。
私は即座に出口を探した。
そこで私は愕然とした。周囲にいる人みんなが裸体になり、セックスを始めていたからだ。ソファというソファで人が人の上に跨り、そこから溢れたカップルはフロアで立ったまま、または床で交わっていた。その様を壁中に張り巡らされた鏡が映し出している。
これは「3・11 防災対策マニュアル」が役に立つ事態ではない。アクションアニメであれば、大ジャンプをしてこのピンチを乗り切るのだろうが、私がそんな秘技を使えるはずもなく、地道に走って逃げるしかない。
前を塞ぐ数々の障害を避けながら、私は出口を目指した。
ふと目の前のソファを見ると、全裸のめあさんが思いっきり開脚し、寿華夢に陰部を舐めさせていた。さすがにエステティシャンだけあって、小さく綺麗に陰毛は手入れされている。寿華夢はすっかり雄の顔つきをしており、それまでとは完全に別人となっていた。
獣だ。完全に。
こんな人たちと私は同類ではない。
私の趣味はスポーツ観戦だ。ついさっきまで山手線の中で高校野球秋季大会の記事を読んでいたし、ここに着くまでだって来年に迫ったW杯サッカーの組み合わせ抽選会のことを考えていた。この後だって埼京線で箱根駅伝予選会について検索するつもりだ。そうだ。新宿駅に着くまでは、フィギュアスケートグランプリシリーズのことでも考えよう。
私は洋梨みたいな乳房を揺らしているめあさんに一瞥をくれた。するとめあさんは不敵な笑みを浮かべた。
なんだ、あの表情は……。
言いもしれない不安が私の脳裏を過ぎり、私は急に走ろうとした。
だが、何かに足を取られて、うまく動けなかった。まるでリードで行動範囲を封じられている犬のように、私はその場で硬直した。
なんだ?一体、どうなっているのか?
身に起きている出来事を確認しようと試みたが、突如、目を塞がれてしまった。声も出せずにジタバタしていると、背中がスっと寒さを感知した。それも束の間、数秒後には全身が身軽になっていた。
目隠しを外された時には、すでに遅かった。私は生まれたままの姿を鏡に晒していた。
私を羽交い締めにしているのは誰か?私は鏡に映る影をよく見たが、向こうはすでに服を脱ぎ捨てており、皆目見当もつかない。まだここに入って数十分で、めあさんと寿華夢以外は口をきいていないわけだから、無理もない。
それでも、既視感がある気がしてならない。相手は大柄だ。158センチの私など、いくら暴れようが朝飯前といった感じだ。
兎にも角にも、服を拾い上げ、この場から去らねばならない。明日も私は病院に出勤するのだ。私は医師と看護師の備品発注及び納品業者からの受け取りを担当している。毎日、たくさんの発注依頼書が私に回ってくる。それらはみな、手術や処置に必要だ。私がいないと病院の診療体制に支障をきたしかねない。
それに明日の夜には夫が帰宅する。悪ガキ相手に二日間、旅をしているのだから、疲労困憊していることだろう。ゆっくり骨休めさせてあげたい。
帰るのだ。絶対に。
(続く)
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