同窓会が修羅場の始まりだった-第12話
女子大で准教授を務めるひろしは、同窓会で教え子の愛子と15年ぶりに再会する。美しい人妻に変貌していた愛子とひろしは、その夜関係を持つ。二人はその後も密会を続け、その蜜月はやがて修羅場へと化していった。
作家名:.城山アダムス
文字数:約2620文字(第12話)
管理番号:k082
「本当?」
愛子は僕を悲しそうに見つめながら
「本当に、これからもずっと私のこと想ってくれるの?」
僕に哀願するように言った。
「もちろんだよ。」
僕はそう言うと、僕の手のひらで愛子の頬に流れている涙を拭いた。
「ひろしさんが岩手に行ってしまったら、会えなくなるのね。」
「できるだけ会うようにするよ。時々こうして会おう。」
「でも、岩手って遠いね。」
愛子はフーッと深いため息をついた。じっと俯いている。涙はもう止まっていた。
愛子はじっと窓の外を見つめていた。
「岩手って北の方ね。ずっとずっと北の方ね。」
愛子の見つめる窓は北を向いていた。愛子は岩手の方角を見つめていた。
しばらくすると、真剣な表情で僕を見つめた。何かを決心したような表情だった。
そして、次の言葉が愛子の口から出た。
「私も岩手に行く。」
僕は心臓が止まりそうだった。
「ひろしさんと会えなくなるなんて耐えられない。」
愛子の目は僕の目をまっすぐに見つめている。
「岩手に行くって、仕事はあるのか?子供はどうする?」
僕の声は震えていた。
「ひろしさん。私が岩手に行くのが嫌なの?」
愛子は訴えるような、そして悲しげな眼で僕を見つめている。僕は必至でその場を繕った。
「そんなことないよ。岩手でも愛子とこうして会えることは嬉しいよ。でも、大丈夫なのか?」
「何とかなるわよ。」
愛子の表情は落ち着いていた。
「母子手当と主人からの養育費で最低限の生活はできるの。あと、私が仕事を見つければ、人並みの生活はできると思う。」
愛子にとって僕の存在はこれからどうしても必要なのだ。僕は、今、愛子と別れてはいけないのだ。
「愛子。ありがとう。岩手に一緒に行けるなんて夢みたいだ。」
僕は本心を胸の奥にしまい込んで、愛子が安心してくれるだろうと思われる言葉を必死に探していた。そして、本心とはかけ離れた言葉を愛子に向けて発していた。
そうしなければ、愛子がこれからどうなってしまうのか、とても不安だった。
「本当?嬉しい。」
愛子は僕に抱きついてきた。僕も愛子を抱き締めた。お互いの唇が重なった。僕は愛子の身体をまさぐった。手のひらで愛子の身体全体を夢中で愛撫した。愛子の手も僕の下半身をまさぐっていた。その時、愛子が
「あら、もうこんな時間だわ。」
時計を見ると午後3時を過ぎていた。もうすぐ子供が帰ってくる時間だ。
「私、帰らないと。」
そう言うとベッドから降りて、急いで下着を身に着け始めた。
「そろそろ子供が帰ってくる時間なんだね。」
「ひろしさん。いつ岩手に行くの?」
「1週間後の予定だ。」
「1週間後なのね。もう時間がないのね。私、早く離婚しなくっちゃ。引っ越しの準備もしなくっちゃ。」
「そんなに慌てなくても。」
「私は離婚が成立したら、すぐに岩手に行く。ひろしさんの岩手の官舎との距離を考えて、家を探そうと思う。」
「できるだけ近くがいいね。」
「そうするわ。家が近いと、ひろしさんと会いたい時、いつでも会えるよね。」
「そうだね。岩手の官舎の住所、今度教えるね。」
「うれしい。早く帰ってネットで岩手の家を探してみる。」
「そんなに慌てなくても・・・」
「岩手に行くの、なんだか楽しみだわ。」
「僕も楽しみだよ。」
「じゃあ、今日は帰るね。明日も会えないかしら?」
明日は引っ越しの準備の予定だが、昼から2時間ほど時間を作ることはできる。
「明日、2時にまたここで会おう。」
「明日2時ね。約束よ。」
愛子はもう身支度を整えていた。僕に近寄ると軽くキスをして、ドアに向かっていった。
僕はまだ全裸だったので、ベッドから愛子を見送った。
「では、また明日ね。」
愛子はにっこり笑って部屋を出て行った。愛子のいなくなった部屋で、僕は愛子との関係がこれからどうなっていくのだろうと考えていた。
今日、このホテルに来るまでは愛子と別れる決心をしていた。しかし、いざ愛子に会ってしまうと、別れ話をとても切り出せなかった。僕の意思の弱さが原因で、愛子との関係は岩手でも続いていくことになりそうだ。
「流れに身を任せるしかないな。なんとかなるだろう。」
そうつぶやきながら、身支度を整え部屋を出た。
————
ホテルを出て、自宅に帰り着いたのは午後4時過ぎだった。
「あら、お帰りなさい。早かったのね。」
妻が玄関で笑顔で迎えてくれた。
「今日はあなたの教授昇進のお祝いに、あなたの大好きなフィレ肉を買ってきたの。ステーキにして食べましょうね。それから、結婚記念に買ったワイン、今日開けようかしら。今夜はお祝いよ。」
妻はとても上機嫌だった。僕が教授になるのがよっぽど嬉しかったのだろう。僕は妻と結婚してからずっと准教授のままだった。そして、今の大学にいる限り、退職まで教授になれる見込みはなかった。それがトントン拍子で教授に決まってしまったのだ。
夕食のメニューはとても豪華だった。僕の大好きなフィレ肉のステーキに、結婚した新婚旅行先のフランスで記念に買ったワインを二人で開けた。かなりの高級ワインらしい。妻は常に上機嫌だった。久しぶりに妻の笑顔を見たような気がする。僕は妻が喜んでくれたことが素直に嬉しかった。
しかし、愛子のことでは妻に後ろめたい気持ちでいっぱいだった。僕は完全に妻を裏切る行為をしている。ワインをいくら飲んでも酔えなかった。
食事が終わり、寝室に入った。ここ数年間、僕と妻の寝室は別々だ。もちろん、その間の夜の夫婦関係も途切れていた。別に妻と仲が悪いわけではなかった。妻が寝た後も、僕は論文の整理などで夜遅くまで起きていることが多かった。それが妻の睡眠の邪魔になるという理由で寝室を別々にしたのだ。
僕は、ベッドに横になった。眠れなかった。ベッドの上で今日一日の出来事を振り返っていた。
午前中、学長に岩手の大学への赴任の報告をした事。意外にも学長が喜んでくれたこと。午後、愛子と別れようと決心して愛子にホテルで会ったこと。結局別れを言い出せなくて、これからも岩手で愛子と関係を続けていくことになったこと。家に帰ったら、妻がお祝いをしてくれたこと。
僕は、自分の意志の弱さが情けなかった。そして、僕の意志の弱さが原因で、現実がどんどん思わぬ方向に進んでいくことに、とても戸惑いを感じていた。
「僕はこのままどうなっていくんだろう。愛子は・・妻は・・・」
その時だ、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。ドアを開けると妻が立っていた。薄いピンクのネグリジェ姿だった。ネグリジェの奥に、下着が透けていた。
(続く)
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