奥様の火遊び-第1話
欲求不満の主婦が一晩の火遊びを体験!
作家名:ステファニー
文字数:約3020文字(第1話)
管理番号:k136
満たされない。 疼く身体を自分で抱きしめ、茉莉子は隣りで眠る夫を睨みつけた。
こんなはずじゃなかった。セレブ妻として何ひとつ不自由ない生活を送り、全てに満足のいく人生にするはずだったのだ。それなのに…。
確かに金銭的には余裕があり、どころか富裕層の類いにカテゴライズされる位置にいるだろう。都心のタワーマンションを購入し、愛車は外車であるし、娘は小学校受験をする予定だ。海外旅行だって年に数回行くし、ペットはアプリコットのトイプードルで、身につける物は新宿の伊勢丹でしか買わない。今どきこんなリッチな生活を送っている家庭はそう多くないに違いない。
でも、茉莉子は満足できない。
45 歳の生真面目な小児科医である夫は性欲が薄く、しかも下手ときているから、無理もなかった。まだ 27 歳で、女盛りの茉莉子を悦ばせるテクニックもなければ、情熱もない。茉莉子と見合いで結婚するまで経験がなかった男であるから、仕方ない。むしろ、なんとか娘の妊娠にこぎつけられただけ奇跡なのかもしれない。
夫の家族は第二子を望んでいる。女の子だったからであろう。だが、それは到底難しそうだ。本当にこの生活、どうしたらいいだろう。茉莉子はいびきをかきながら眠る夫を一瞥し、水を飲むためにキッチンへと立った。
茉莉子の生活は忙しい。といっても、働きに出ているがため、ではない。自分磨きに余念がないからである。
月曜日から金曜日の午前中、娘は幼児教室に通っている。その短い時間に、スポーツジムやヨガ、エステなどの用事をこなす。そして土日はママ友か自分の両親とランチやショッピングを楽しむ。
家事などしている余裕はない。茉莉子は夕食の準備以外は家政婦に任せ、ライフバランスを保っていた。
今朝も娘を預けた後、恵比寿にあるドッグドレスメイキングクラブへやって来た。
ここは茉莉子の学生時代の友人、理紗が経営している。といっても、実家の資産頼みであるようだが。
小学校から大学までのエスカレーター式である白薔薇女子学園で理紗に出会って 20 年。多くの同級生が大学からは他校を受験する中、勉強嫌いの茉莉子と理紗は迷わず内部進学を選択した。偶然にも専攻学科も同じフランス文学科。といっても興味があるから故ではない。ただ単に、合コン受けが良さそうだからだ。
大学卒業と同時に家庭に入った茉莉子とは対照的に、結婚願望のない理紗はパリとロンドンを数年フラフラした後、この事業を始めた。道楽で始めたようだが、珍しいお教室ということもあり、メディアで度々取り上げられるうちに生徒が増えていき、最近では収益が出るまでになったという。
「それで、ご主人は相変わらずなの?」
よく見るデキる女のように、夜会巻きにし、黒いパンツに白いシャツを合わせた理紗が訊いた。平日の朝イチのクラスであるため、他に生徒はいない。そのため、この時間帯は茉莉子と理紗のおしゃべりタイムと化している。
「そうよ。もうっ、やんなっちゃう」
理紗は茉莉子の家庭事情を知る唯一の人物だ。茉莉子の愚痴の吐き出し口となっている。もっとも、理紗にとっては面白半分のゴシップなのだが。
「だから、大学卒業の時に言ったじゃない。まだ若いんだから、生き急がなくてもいいんじゃないって。でもあんた、聞かないんだもん。家庭に入るんだからって」
「だって、働きたくないんだもん。でも勉強も嫌いだし。理紗と違って語学も苦手だから、海外っていう手もないし」
その他の教科は茉莉子と同じく、進級すれすれなレベルであったが、理紗は英語だけ得意であった。大学に入ってからは、フランス語もすぐに覚えていた。いずれも勉強をしていた気配はない。
「あんた、贅沢ってもんよ。ウチらの年代で、働きもせず、もう家庭もあって、しかも遊んでられるほど余裕があるなんて、そうそういないご身分でしょ。それもこれも、お医者様であるご主人あってのことでしょ」
「それはわかってるけどさ。でもね…」
「まぁ、わかるよ。あんだけ学生時代にモテモテでイケイケだったあんたが、イケてないおジンの下手な宴にたまーに付き合わされる程度じゃ、腹の虫が抑えきれないってことぐらい」
大学時代、茉莉子は遊びに遊びまくった。六本木や麻布を夜な夜なうろつき、ハイスペックな男たちとワンナイトラブを愉しんだ。若く美しい茉莉子には、数々の男たちが群がり、こぞって貢いだ。とはいえ、将来を誓い合うほどの関係までに発展しなかった。そのため割り切った茉莉子は、伴侶は結婚相談所を通じて探すことに決めた。その結果が現在の夫である。
「別に夜の生活を除いては主人に不満はないし、生活のことを考えたら離婚しようとも思わない。でもさ、やっぱり夫婦の営みが肝心だし、その満足度が人生の幸福度を左右すると思うのよ、私は」
赤いリボンテープをシースルー素材の下に貼っていく。最近は犬の服も人間の流行を反映したデザインになっている。あるいはそれ以上の凝りようとも言えよう。
「なるほどね。確かに欲求不満って辛いよね。だとしたらさ、解消してくれる人を見つけるしかないんじゃない?」
「何よ、それ?不倫ってこと?」
抗議をするように茉莉子は強い口調になった。
「いや、そこまではいかないけどさ、ちょっとあんたの心の隙間を埋めてくれるような、軽い遊び相手を見つけるってのはどうかなっていう提案。例えば、ホストとか。はまりすぎない前提でだけどね」
そういう手があったか、と茉莉子は頷いた。理紗は茉莉子の男の趣味、すなわち無類のイケメン好きという性癖を熟知している。
「ご主人、夜勤や休日出勤もあるんでしょ。だったら夜に外出もできるじゃない。幸いあんたのご両親はご理解あるみたいだし、一晩ぐらいなら子ども預かってくれるでしょ」
「そうね…」
赤と白のチェック柄をした生地にギャザーを入れながらまち針を理紗は入れていく。夏物のワンピースのスカート部分を作るためだ。
「ただ、本当に細心の注意を払いなさいよ。あんたは専業主婦なんだし、離婚されたら食い扶持なくなっちゃうのよ。だからきちんと割り切って、一夜だけとか予算範囲内とか、自制心を持って遊ぶこと。それができるんなら手を出してみてもいいんじゃない。欲求不満も解消されるはずよ」
「なるほど…」
「それから最後にひとつ。万が一のことがあったとしても、絶対に私のせいにはしないでよ。あくまであんたの自己責任のもと、ってことにしてよね」
「はーい」
理紗は茉莉子の結婚式をロンドンにいるから、という理由で欠席した。それぐらいマイペ ースであり、自立した精神力の持ち主だ。茉莉子とは対照的な性格だと言える。だからこそ茉莉子にとっては刺激的で、面白い友人だ。その理紗が提案するのだから、この話はそそられる。
ミシンに糸を通しながら、茉莉子は理紗との会話を反芻した。
その夜、娘を寝かしつけ、入浴した後、茉莉子は美容パックをしながらスマホの検索サイトを開いた。
「男娼」と入力しかけて、止めた。検索履歴は消すつもりだが、さすがに躊躇われた。では、なんと入れればいいのだろうか。
「デートクラブ 」だろうか。はたまた「プライベートホスト」だろうか。「レンタル彼氏」 というのも聞いたことがある。散々悩んだ挙句、茉莉子は「高級ダンディクラブ」、と半ば 意味不明な単語で検索をかけた。こんなわけのわからない言葉で引っかかるはずがない、と半笑い気味で結果を待ったが、しっかりと表示が出た。それも数件ではなく、わんさとヒットした。
(続く)
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